日本入国+初めてのコンサート(130)

こんにちは。

みなさん、いかがお過ごしですか?

今日は、私のTutorさんのお話を。

今までも何度かTutorさんが以前、岡山県で英語の先生をしていたことは

お話させていただいたと思います。

どこまで岡山県の人が優しかったんだとびっくりするほど、

彼の中での日本は、まるで夢の国のようで、あの5年間は人生で一番幸せだったんだと

話してくれます。

私に毎日尽くしてくれるのも、日本人への恩返しだといって、

本当に感謝でしかありません。

そして、昨年の3月の春休みに彼は私との出会いを機に

もう一度日本で英語の先生に挑戦すると、旅立つ予定でした。

もちろん、就労ビザを持って、受け入れ先も決まった状態で、

日本のとある県に行く予定でした。

私の考えでは、Tutorさんの支えなしでここではやっていけない、寂しすぎる。。。

より新しい大学への編入を強く考えていました。

しかし、去年の今頃コロナがアメリカでの感染が広がっていき、

3月の後半から日本では2週間隔離が始まり、入国が厳しい状態になりました。

4月から緊急事態宣言になり、余計入国が厳しい状態で、彼は一度入国を諦めました。

そして、彼のVisaの使用期限が過ぎていき、でも、もう一度

この12月にあらためて全ての資料を揃え、大使館にVisa申請の書類を送っていました。

するとなんと、受理されたと連絡が来る直前に2度目の緊急事態宣言になったのです。

そして、2月、3月に緊急事態宣言の延長。

その延長された日にちと、彼の受け入れ先の学校の一年契約(一年間は受け入れを希望)がちょうど重なってしまい、

彼はこの一年を無駄にしたと悔しい思いをあらわにしていました。

私には、なんの言葉も出てこなくて、彼はすごく日本が好きで、

家庭の事情でアメリカに5年前に帰ってこなくてはならず、それすらも否定するような状態でした。

あまりの悔しさに彼はいつもと全然違っていて、正直私は耐えられませんでした。

でも、私自身、たくさんの友達から聞いていました。

留学先がなくなった、キャンセルされた、一年休学したけど今年結局行けなかった、もう就職始めなきゃいけない。

色んな意見を聞いていたから、一人じゃない、あなただけじゃないって優しく言葉にしたけれど、

何をいってもダメでした。

何も悪いことはしていない。全ての書類を正式に出した。

それなのに大使館は、日本が入国を拒否しているからダメの一点張り。

どうして、日本人は帰れて、ビジネスの人は入れないのか。

英語の先生は必要じゃなくなったのか、

色んな思いを耳にしました。

コロナは本当に恐ろしいです。

人の人生を右にも左にも持っていくし、支えなきゃいけない側も選ぶ言葉が限られていて、

でも、今は何もアドバイスを求めていない可能性もあるし、ただただ肯定して、

うんうんって聞いてあげられる存在が必要なのかなとも思いました。

Tutorさんは頭痛薬を飲み始めてて、もう精神的に追い込まれている気がして、

とにかく休んでほしいといつもより早めに帰り、Tutorさんの家を後にしました。

最終的には冷静になったようで長文の謝罪の言葉があり、

私と過ごしたこの一年を後悔した一年にはして欲しくない、と私の勝手ですが、送らせてもらいました。

国境は日本ではないし、夢を叶えられたわけではないかもしれないけど、

英語が第一言語ではない日本人に教えるという彼の持っていた一つの夢は

今この瞬間も叶えられていると、嬉しい言葉がいただけて、

前向きになってもらえたこと、本当に良かったです。

いろんな人がいろんなところでいろんなものを我慢して、犠牲にして、頑張り過ぎていること、

いつの日かTutorさんにも新しい風がきて、彼の思い描く場所でもう一度チャレンジできること、

早く平穏な日々が戻ることを心から願っています。

今日の一枚

今日は、この写真を。

これは、夕日の写真です。

この通り、国境の太陽は赤道の関係で距離を近く感じるので、

いつも太陽がそばにある感じがします。

朝日にしても、夕日にしても、そばに感じられるので、

自然の中で生活している感が東京より感じられて、

落ち着きます。

もちろん、太陽の熱をすごく感じる日もありますが、

ほとんどはそこまで感じません。

しかも、2月の時点でサングラスをみんなしているので、

私も目をしっかり守るためにしています。

最近は31度まで上がり、車の中がもう暑いです!!!笑


さて、今日は、、、*

初めてのコンサート(日本人さんと)

何個か前のブログで、私のクラスのインストラクターの奥さんが

日本人だったという話をさせてもらいました。

昨年2月に、先生とお話しする時間がありました。

その際に先生の優しさのおかげで、奥さんもあなたに会いたいといっていたと話してくれた時、

すごい涙をこらえていました。

というよりか、もうほとんど泣いていたのかな?笑

ハンカチで目を抑えていたので、泣いているということを見せないように頑張っていました。

半年間、一人で頑張っていた部分があり、ようやく誰かに直接日本語で話せる時が来るのかと本当に嬉しかったです。

以前書かせていただいたアジアンマーケットでの日本人さんとの出会いは、

その一回きりで、お姉さんはお忙しいこともあり、何かあったらいつでも連絡してねという感じて、

しっかりは話せたことがなかったんです。

だからこそ、先生通じて、奥さんとLINEを交換させていただき、

その週に、先生が出演するオーケストラの演奏会があったので、

そこで初めてお会いすることになりました。

初めて出会った日は今でもしっかり覚えています!

関西出身の方で、すごく明るくて、私のことを会った瞬間から受け入れてくださって、

お子さんもすごく頭の良いお利口さんで、嬉しさが爆発していました!(笑)

そして、コンサートも2時間ちかく鑑賞させていただいて、

すごく素敵な経験になりました。

先生の演奏は、もちろん素晴らしかったです!!!

さすがだなーと感動していました。

先生とは、演奏後写真を撮らせてもらい、帰りはお母さんの車でマクドナルドに行きました。

そこでもたくさん話させていただき、あの時の安堵はとんでもなかったです!

まさか、ちゃんとここで日本人の人とお話しできるなんて思っていなかったから、

夢の時間でした。

いろんなお話を聞かせていただいて、一人じゃないって背中押してもらえたので、

それを自信に今期は絶対乗り越えようと誓いました。

その日を境にまた新たな世界が広がることをこのブログに残させていただきますね。

ほんの少し自信を失ったり、悲しくなった時は、このブログをランダムで読み直しています。

過去の自分も必死だったんだなと思うと、また頑張れる気がして、ブログを始めてよかったなって心から思います。

今日は、このあたりで。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。

またね。

投稿者: アメリカひとり留学

はじめまして。 私は、東京生まれ東京育ちの下町っ子です。 今はアメリカにあるアジア人1%の学校に通っています。 自分が企業や学校を使わずに、一人でアメリカの学校と契約したことや留学生活について、文字に起こしていけたらなと思ってます。 そして、今現在コロナウイルスで世界中が大混乱になっていますが、私は現在もアメリカに残ってオンライン授業を受け、隔離生活中です。 少しでも、『あ、こんな子がいるんだ。』って知ってもらい、 家族と一緒に生活している方は今の環境を幸せに思ってもらえたら嬉しいし、 私と同じく今一人で生活されてる方には、一人じゃないっていうことがほんのちょっとでも伝われば嬉しいです。 よろしくお願いします。

日本入国+初めてのコンサート(130)」に2件のコメントがあります

  1. こんにちは^^
    ホントにコロナで人生が大きく変わってしまう人が多いと思います
    誰が悪いわけでもないのに規制は世界各国まちまちです
    オリンピックも外国人の観客は受け入れないと決まったようです(*^0^*)~♪

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    1. そうですよね、、、早く落ち着いて欲しいです。私もニュースを見ました。アメリカでは2週間隔離は自己隔離となって、誰かに情報を提供するわけではなく、空港に着いた後も自由に解放されていました。だからこそ、アメリカの感染拡大は止まらないんだろうなって思いました。日本に到着する海外から来た人たちには隔離と感染予防を徹底して欲しいなって思います。

      いいね: 1人

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