避難を終えて+BBQパーティー(117)

こんにちは。

みなさん、いかがお過ごしですか?

今日は、今回の緊急避難で学んだことを自分のために言葉にして残しておきたいと思います。

突然の気温の変化に、私はあの時、体が対応しきれていないのと同時に、心が全くついていけていなくて、涙が溢れて溢れて仕方ありませんでした。

今現在、2月26日の午後は、気温32度です。

これが赤道に近い私の国境という街なのです。

そんな日々暑い中で、南国のような街に雪が降り、

今までは雪が降っても決して電気までには影響したことなかったようなのですが、

今回ばかりは州全体で計画停電がおき、340万世帯で影響が出たようです。

1つ目は、何よりも生活のありがたみを知れたこと。

ご飯を作ってたべれることも、冷凍保存して日持ちできることも、

パソコンで宿題ができること、家族や友達と充電を気にせず好きなだけ電話できること

食品が当たり前のように並んでいて、いつでも好きなだけ買えていたこと、

“日常”を取り上げられたあの日、心からありがたみを感じました。

そして、2つ目に、1人では絶対に生きていけないということ。

私はあの日まで自分でいろいろ手続きして、失敗しながらも生活というものを0の状態からこなしてきました。

決して安全じゃないからこそ、たくさんの人に聞いたり、それこそまさにTutorさんに甘えさせてもらうけれど、

でも、今回ばかりはこっちにきてから初めて家で生活できない極地に追い込まれました。

私の家はアパートメントだけど、すっごく安い割に広いです。(5人家族とか普通に住んでいます)

でも、安い=壁が薄いので、寒さが壁を通して伝わりやすく、私の体はもうカッチカチでした。

だからこそ、ちゃんと人に頼ること、甘えること、恩返しは後に考えて、まずは即座に動けることもそうだし、常日頃からちゃんとそういうことを考えていないとなと学びました。

3つ目は、言語を超えて、人を思い合えるということ。

これに関しては、一番学びました。

彼のお母様は、英語が話せないので、スペイン語でいつも私の友達と話しています。

つまり、私とはちゃんとした会話が挨拶のみしかできません。(私はスペイン語が挨拶と自己紹介程度です)

それにもかかわらず、ずっとメキシコに行くたびに私にお土産もたくさん買ってきてくれて、もうメキシコからのお土産も5、6個いただいたのかな?

それぐらい数ヶ月に一回元気をもらうような感覚でお母様とは関わらせてもらっていました。

そんなお母様が、今回の避難で、たっくさん気にかけてくださったり、彼が通訳してくれたおかげでいろんな話ができたし、とことん愛情を注いでもらいました。

何より、彼のお母様が、

そんな何百万もたった10ヶ月の車のために使うなんてもったいない!しかも最終的に売らなきゃいけないんでしょ!私が無料で貸してあげる!”

と、なんと、、、なんと、、、私がこの街をさるまで車を使わせてもらうことになったのです。

新たな道が開けました!!

しかも、お母様の余っている車なので、自分名義で保険契約して、自分の車として乗っていいことになりました。

車に関しては、過去のブログにも書いた通りなのですが、

去年本当に色々あって、それを思い返すと、またお母様の前で泣いてしまって、

もう嬉しかったのか、ホッとしたのか、信じられない優しさだったからなのか、

自分でも人前で泣くなんて、って思う暇もないくらいとまらなかったです。

言語も伝わらないし、ましてや宗教も文化も考え方も生活習慣も全て違います。

それなのに、ここまで思ってもらえるというか、もう言葉をどう並べたらいいのかわからないほどです。

この5日間の避難は、すごくすごく価値のあるものになりました。

夜中、お互いの悩みや人生を話したり、

アイデンティティについて悩んでいる彼だからこそ、私はとことん肯定してあげたかったし、

学校がなくなってしまった今だからこそ、それができて本当に幸せでした。

これらの学んだことを心に留めて、今日も6分間スピーチ頑張りたいと思います!!!

今日の一枚

今日は、この写真を!!

皆さんもご存知の通り、KitKat(キットカット)のアイスクリームです!!!!

日本で私はこのアイスクリームを見たことがないんですけど、東京以外の場所で売ってるのかな??

私は、アイスクリームが大好物で、でも普段は買わないようにしています。

あの日だけは、緊急避難を乗り越えたご褒美として、停電していなかった街のスーパーで買いました。

やっぱりアメリカのアイスクリームは普通のカップサイズですら、

めちゃくちゃ特大サイズで売ってるんです。

ハーゲンダッツ10カップの内容量を1つのカップにしたみたいな笑

でも、日本の雪見だいふくや、抹茶味のアイスがもうすでに恋しいです。。。。


さて、今日は、、、*

新しい友達の家でBBQ

学校が始まってからの2週間は、日本の友達や家族とたくさん電話したのを覚えています。

アメリカにいる私は忙しいだろうと、気を遣って電話はしないほうがいいんじゃないかって言ってくれる友達が多くて、

でも、私は友達の声が大好きだし、何よりあんなに安心できる場所は恋しくて仕方ないから

バンバンかけていいんだよ!!ってたくさんアピールして電話してました。

幼稚園から専門時代の友達、バイトの仲間みんなそれぞれ優しくて人思いで、尊敬できて今でもつくづく支えられているなって思います。

そんな彼らの優しさのおかげで、1月を無事に乗り越え、2020年2月に突入しました。

やっぱり、勉強は大変で、アメリカでの卒業経験がないからこそ、一般常識というものがなくて、基礎すらできていない科目が多かったです。

そんな環境で必死に食らいつきながら、Tutorさんを困らせてしまうほどでした。

わたしは理解力が乏しくて申し訳なかったんですけど、毎日図書館に行って宿題を聞いて、頑張っていました。

そんな中、前回話させていただいた女の子のお家でBBQパーティーに参加させてもらいました。

初めましてだったのに、お父様もお母様もすごく優しくて、

緊張していた私もあっという間に家族の温かい雰囲気に和ませていただいていました。

お兄ちゃんが私と同級生で、彼女は私の2つ下、そして、妹ちゃんが9歳で

みんなそれぞれ個性的で、彼女の友達もそこにいたんですけど、

たくさん話してくれて、何より日本をすごく愛してくれていて、

こんなに自分の生まれた国が遠く離れた街の誰かの人生の一部になっているんだ、と

いうことに心から喜びの気持ちでいっぱいになりました。

その日は、BBQをしたんですけど、やっぱりアメリカのお家はみんなお庭がついているので

BBQを週末にやる人が多いんだなって思いました。

アメリカのBBQは、お肉の大きさがとんでもなく大きいです笑

日本ではやっぱり値段がどうしても高くなってしまうので、アメリカサイズには驚きました。

今はもうなんとも思っていないんですけど、

当時の自分は学校を変えようと動き出していたのと、ここでの自分をうまく肯定できなくて

すごく悩んでいました。

だからこそ、彼女との関係性、家族との関わりにも戸惑いがありました。

”日本が好きだから、私と仲良くするのかな?”

”私は、アニメもゲームもわからない。”

”どうして私と仲良くしたいって思ったんだろう”

こんな風に、全てやってもらってお世話してもらって、たくさん与えられすぎて

嬉しかったと同時に、うまく自分の中で整理できずにいたので、それがすごく引っかかっていました。

こんな風に悩んでいたのにも関わらず、今となっては本当に心から信頼できる関係性が

つくれたのでその過程もまた順次お話しさせていただきますね。

今日は、このあたりで。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。

またね。

投稿者: アメリカひとり留学

はじめまして。 私は、東京生まれ東京育ちの下町っ子です。 今はアメリカにあるアジア人1%の学校に通っています。 自分が企業や学校を使わずに、一人でアメリカの学校と契約したことや留学生活について、文字に起こしていけたらなと思ってます。 そして、今現在コロナウイルスで世界中が大混乱になっていますが、私は現在もアメリカに残ってオンライン授業を受け、隔離生活中です。 少しでも、『あ、こんな子がいるんだ。』って知ってもらい、 家族と一緒に生活している方は今の環境を幸せに思ってもらえたら嬉しいし、 私と同じく今一人で生活されてる方には、一人じゃないっていうことがほんのちょっとでも伝われば嬉しいです。 よろしくお願いします。

避難を終えて+BBQパーティー(117)」に2件のコメントがあります

  1. こんにちは^^ あの寒波でいろいろ学んだことを記録にして次に生かしていく考えが素晴らしいです☆☆☆
      まずは普通の生活になり良かったです ますます頑張ってください(*^0^*)~♪

    いいね: 1人

アメリカひとり留学 への返信 コメントをキャンセル