こんばんは。
みなさん、いかがお過ごしですか?
私は、今日は一日お家で勉強の日でした。
最近は、特に英語で本を読むようにしています。
私は、もともと読解力が日本語でも英語でもない方なのでそこの弱点をどうにか強みとまでは言わずとも、自信に変えていけるように頑張っています。
昔は、恋愛小説ばっかり読んでいて、友達がみんな好きだったというのもあるのですが、好きな内容ばっかり読んでいてもよくないのかな、、、そろそろ知的なものにも挑戦しないとなって思い始めています。
私の父が、昔よく『本は絶対読んだ方がいい。本をたくさん読みなさい。』
そう子供達に言っていました。
でも、私なんかは図書館で本を借りても、途中で読むのをやめてしまったり、遊びに逃げたり、他のものに夢中になったりしていました。
一方で、しっかり遊びながらも本を読み続けた妹。
私と彼女の知識の違いは、ここから来ているのかという感じです(笑)
別に3人とも地頭がいいわけではないのです。
父も努力し続けた結果、今があるんだということもわかっています。
過去を悔やんでは始まりませんが、何百冊と本を読んでいる妹の辿り着いた道は、私よりも果てしなく上で羨ましい限りです。
私も頑張らなきゃ、と日々背中を押されています。
今日の一枚

今日は、フロリダに研修に行った時の懐かしい一枚を。
この帽子は、私が観に行った試合で、最後に選手が描いてくれたサイン入りのものです。
この帽子自体は、私のものではありませんでした。
当日、ホストマザーのお父さんが私たちと一緒にその試合を観にきてて、帰りに、選手を目の前にして、わーーサイン欲しい!!!なんて思っていた時に、そのお父さんがこれに!!!って渡してくれたものでした。
本来なら、サインをいっぱいいただいた後、そのお父さんに返す予定でした。
でも、そのお父さんが記念に日本に持って帰りなさいって私にくださったのです。
帽子自体も長年使っていた感じが残ってていいですよね。
しかも、野球好きの私には、アメリカで野球を目にすること自体すごいことなのに、こんな経験と素敵なプレゼントまで本当にありがたい限りです。
その時にフロリダの野球選手と写真も撮っていただいたりしました。
そのお父さんこそが、このブログにも書かせていただいた私が初めて本気で英語を勉強しようと誓ったパーティーにいらっしゃったあのご夫婦の旦那さんなのです。
いつも私の心の中の勉強への熱意をあげてくれる人です。
たまに会いたくなってしまいますね(照)
さて、今日は、、、*
国境での留学。
二日前から、私の留学している場所について、より詳しく話させていただきました。
せっかく留学しているのに、
- 留学生サポートも充実していない。
- 留学生にとって安全ではない。
- コミュニティーが多いわけではない。
- 車社会。(移動手段に運転免許が必要)
- バイリンガルが多い。(Spanish と English)
- 英語目的の留学なのに英語を話せない人がいる。
- 治安が良いのか保証されていない(日本人で住んでいる人の情報がないから)
このようなデメリットが出てくると思います。
私がそこを選んだ一番の理由を振り返ると、
とにかくアジア人のいない場所に行きたいというのがありました。
これは、私の性格が理由です。
今まで本当にたくさんの人に頼って、寂しい時間もなく、甘えて生きてきました。
もちろん、初めてのオーストラリア研修で、一人で英語も話せないのに初見である現地のご家族のお家に2週間泊まらせていただくことは寂しかったです。
でも、そういう自分で挑んだ経験以外では、本当に一人で乗り越えるという経験がなかったのです。
だから、日本人がいれば、アジア人がいれば、安心してあの研修の時のように絶対くっついてしまう。
英語に自信のない私は、より英語を話せなくなってしまう。
だからこそ、留学を無駄にしたくはないという思いがありました。
7人で住んでいたというのもありますが、隣にいとこも住んでいたし、両親どちらのいとこともよく交流があったので、賑やかな環境で去年の8月まで生活していました。
だからこそ、真逆の世界にはとてもしんどいものがありました。
よく留学というと、同じプランに参加した生徒が仲間となって、共に時間を過ごせたり、引率の先生がいらっしゃると思います。
また自分でワーキングホリデーとして、海外に行っている人もホストファミリーのお家にお邪魔させてもらったり、そういう仲間がいるアパートメントに泊まったりします。
特にエージェントを使っている人たちは、安心、安全なサポートが受けれます。
お金と同じように、そして、お金以上に支えてくれる存在となるでしょう。
私も本来は、その方法で行くはずでした。
留学にたった一人で行くなんて、旅行とは違うんだし、なんて思っていました。
でも、私の周りの人たちは私の留学には反対でした。
だから、なんとかして、自分のできる範囲内の場所で。
それが私のたった一つの留学できる方法でした。
- 9月入学をまだ受け入れている。
- しかも授業料が留学生にも安い。
- アジア人のできれば少ないところ。
そんな風に探していった先で、今のCollegeを友達が見つけてくれたのがきっかけでした。
ただ、目的地は、メキシコ国境まで30分の場所です。
どう頑張ったって、治安やばいでしょ!
危ないよ!
助けてくれる人いないんでしょ!?
知り合いは?友達は?家は?口座は?携帯は?
周りの人たちのこんな言葉が頭の中をよぎることもありました。
または、アメリカか、っていういわゆるイメージ通りのことを想像して、いただく言葉もありました。
だから、国境近くに留学することは、決して安全だとは言えないし、サバイバルであることに違いはありません。
ある一人の友達に言われた、原始人留学だねっていうのがまさに本当にその通りだと思います。
なので今回は、その利点についてほんの少し。
留学って、一人一人違うと思うのです。
例えば、アメリカのニューヨークに留学していた、フィリピンのセブ島に留学していた、それぞれが同じ場所で留学していたとしても、留学内容、出会う人に違いがあればそれはもう全く違う留学となります。
食べるもの、観る観光地が同じだとしても、天気やその時の出会いが異なれば、思い出だって変わっていくのと同じです。
そんな中での国境近くに住むことの留学は、一人で生き抜く力を教えてくれます。
一人で怖い、眠れない、外に行くのが嫌だ、伝えたいことが伝わらない、そう思ってしまっては先に進むことはありません。
精神面がとても追い込まれやすくなる環境ではあると思います。
笑顔になれる瞬間を、場所を自分で作っていかなくてはいけないから。
東京に住んでいた時のように、バイトで嫌な思いをした、学校が嫌だ、そうなっても週末にディズニーランドに大好きな友達といったりなど、気分転換ができるわけではありません。
家に帰れば、家族がいる、それを普通だと思って過ごしていたのも事実です。
また頑張れる、あの日まで頑張ろう、そう思える機会すら最初はありません。
そうなった時に残る選択肢は、恥をかいてでも、プライドを捨ててでも誰かを頼ることです。
風邪をひいた、立ち上がれない、コンビニもない、スーパーまで行く手段がない(夜の場合)
こうやって追い込まれることは、想定内です。
そうなった時に、助けてくれる人との関係性があることが大事です。
寮があれば、仲間が、その場所を担当しているスタッフが助けてくれることもあるでしょう。
でも、自分にその環境がないとわかっている以上、そうなったらその状態をつくらないように普段から生活を心がけていくことも大事です。
突然の嵐だってあります。
食料の確保、普段から免疫をつけていられるように栄養を取れるよう心がける、運動不足にならないようにする、心が出来るだけ幸せでいられるように好きな人と話す、好きな映画を見る、好きな歌を聴く。
そうやって、足りないものを考えた時に、それに嘆くのではなくて、その場合、どのようにそれを解決するのか、または乗り越えるのか、必要なことが思い浮かぶはずです。
お金があればなんでも手に入る環境。世界。
お金があれば、100%の保証、100%のサービス。
それでは、自分自身の本当の部分に気づけないこともあり得ます。
なぜなら、私が研修に二回参加してそうだったから。
こんなにも一人で留学することって違うのかって、ハッとさせられる瞬間がたくさんあります。
怖くたって、涙が止まらなくたって、電話しなきゃいけない、誰かにそんな弱みを見せなきゃいけない。
でも、それらが逆に人の温かさや優しさを教えてくれることに違いはありません。
東京がどんだけ便利で治安が良くて、なんでもあるのか。
満員電車が嫌になる日がたくさんあったはずなのに、今となっては、電車なんてない。電車なんて知らない人たちの場所で生きているのです。
夜に酔っ払って、渋谷で寝ていても誰もその人の財布を盗んだりしません。
電車で寝そべって、朝まで寝続けても携帯を盗む人はいません。
みんな違う車両に行ったり、その人のそばには寄りません。
でも、この街では無くしたものはかえってきません。
寝ていたら、連れ去られてしまいます。
そうやって、当たり前が当たり前ではないことに初めて気づいた時、人は本当の意味で何かを求めようと必死に努力できるようになるのかなって思いました。
私にとっては、自分をまずは信じること、それが一番の努力でした。
泣いたって、もう家族はそばにいない、友達だっていない。
そうなったらあとは、その環境を新しい場所でもう一度自分で作るだけです。
人として、何倍も変わることができるんだと思います。
過去の私は、いつもこうでした。
想像上の中で、否定をし、怖がり、諦めていました。
全て想像で、自分の意見も言っていました。
でも、それでは何も始まらないことを知りました。
新しい場所では、新しいルールを知らなくてはいけません。
常識だって全部違います。
だから、いろんな人と出会って、認め合って、自分を表現しながらも、いろんな自分に葛藤しながら、乗り越えていくしかないなと。
そうしていくと、不思議と全然コミュニティーのない私の街でも、助けてくれる人、心配してくれる人、連絡先を渡して来てくれる人が、たった一瞬の出会いの中で長い付き合いになる人たちもあらわれてくれるのです。
国境という人があまり近づかない場所でも、それは同じなのです。
今日はこのあたりで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い大切にしましょう。
またね。