こんばんは。
みなさん、いかがお過ごしですか?
6月までのブログでラスベガスの旅行について話させていただきました。
その続きをほんの少しさせてください。
空港に戻った後は、いつもお世話になってる友達が迎えにきてくれて、
この旅行の話をしたのですが、彼女は、私の友達に激怒していました(汗)
その子が私のことをダウンタウンのお土産店でひとりにしたこと、
(会計が終わる前に、他の友達と違うお店に行ってしまった瞬間があり、
私はどこにいるのかわからず、一人で彷徨ってしまった時がありました。)
東京では普通のことかも知れません。
”このお店見たいから、ちょっと先に行ってて”
”先に席取っておくね”
そうやって、人が離れても滅多に誘拐されることはないかも知れません。
でも、ここは、日本ではないのです。
誘拐なんて普通に耳にするし、アメリカに住んでいる人全員の携帯に
誰々がいなくなった、犯人はこうこうこうで、、、、と警報が鳴るようになっています。
私の場合は、テキサスなので、テキサスの私のいる場所周辺の情報が流れるようになっているのですが、
そんな国、しかも、ここには銃がある。
授業中に全員の携帯のアラーム音が流れ出すことも日常のことでした。
日本でいう緊急地震速報のような音で、
〇〇の車、犯人の特徴、誰々が誘拐された、そのような連絡がくるのです。
全員が警戒心を誰よりも持って、育ちます。
というよりも、日本が治安が世界トップレベルで良いから、
あそこまで安全な生活ができていたんだって思いました。
そんなこともあり、私のお世話になっている友達は、
ただトイレに行くことですら、
私を1人で行かせることもないし、私も一緒についていきます。
ちゃんとパトロールされてて、警察も警備しているとしても、
みんな一緒に動くのがここでは当たり前です(特に女の子)。
それもあって、私の友達とお母さんには、
”もうこれで、十分でしょ、距離を置くのが正解だよ”
と、言われました。
でも、こうやって旅行に行っても、迎えにきてくれる友達がいる幸せは、
本当にありがたく思います。
というか、もうその感謝だけは忘れたくないです。
そして、旅行から帰ってきて、友達ご家族と夕飯を食べた後は、
約2週間ぶり、誕生日旅行ぶりの家での睡眠となりました。
誕生日旅行(2日間)、嵐で5日間友達の家、そして、ラスベガスの旅行(4日間)
バタバタしていた日々が無事に終わり、
おうちに着いた時には、もう冷蔵庫が本当に何もなかった気がします(笑)
そして、月曜日、やらなければいけなかったことを全部終わらせ、
火曜日は、またお世話になってる友達のおじいちゃんの家に掃除をしに一緒に行って、1日過ごさせてもらい、
水曜日は、勉強した後、久しぶりに去年お世話になっていた友達の家にいきました。
バイトで疲れて熟睡してしまった友達が、謝罪こみで、私に無料の食べ物(free food)
を彼女のバイト先に連れてってくれたのです。
バイトの従業員は、ハンバーガーのセットを無料でもらえるので、
彼女のバイト先でもあるJack in the Boxに連れて行ってくれて、
めちゃくちゃ大きなバーガーのコンボをいただきました。
あの時は、確か、日本と同じ、皆既日食の日で、月がめちゃくちゃ綺麗だったのを覚えています。
そして、
次の日の木曜日に高校の友達が私のいるこの国境の街にやってくることに!!!!!
振り返れば、とても濃い夏でした。
今日の一枚

これは、ラスベガスの写真になります。
こんな感じでコロナ前と変わらないような景色がありました。
もちろん、マスクをしている人もいたけれど、
ワクチンを打って、全くマスクしていない人もいました。
今は、日本もワクチンを摂取する人が増えていると聞きました。
私の年齢の友達は、特に副反応がすごく、40度近く熱がでてしまうという話を
多々聞いています。
どこまで進んでいてとか、どんなふうに行われているのか
わからないけれど、
私は
日本に帰国する際、飛行機を利用しなければいけない、
入国する身として受けなきゃ行けないなって思っています。
勉強第一で、勉強に支障のないようにしたいので、
いつ受けるのか、色々考えながら日程を決めたいなって思います。
さて、今日は、、、*
11月の乗り越え+家族の優しさ
去年の11月は、大統領選挙が終わって、怒涛のTexas Government (授業)地獄が終わり、
ほっと一息する暇もなく、私はまた宿題地獄に追われていました。
とにかく朝から晩までひとりで勉強して、
Tutorさんに見せたい、褒められたい、という感情よりも、
誰かと話したい、ひとりじゃないことを感じたい。
もうその域に達していたぐらい、本当に辛すぎて、毎日ひとりで隔離していたのは、
すごく辛かったです。
1日に2回、Tutorさんに会いに行くことができるのですが、
それを2回利用させてもらっては、どちらも濃い2時間を過ごさせてもらいました。
あのとき、Texas Government以外の授業で、成績Aがとれたのも、
Texas Governmentの授業で成績 Bがとれたのも、全てTutorさんのおかげです。
ひとりで隔離しなきゃ行けない中、あの時はまだ車もなくて、
会える人も限られていて、それでも勉強のモチベーションは捨ててはいけず、
そんなことに悩む暇もなく、どんどん宿題はあるわけで、
それを必死に持ち堪えられたのも、そのような納得のいく成績が残せたのも、
今思い返せば、本当に毎日めちゃくちゃ助けていただいていたんだなって
日記も読むだけで、涙が溢れてくるほど、必死に勉強して、毎日を生きていたことを思い出します。
Tutorさんが目を怪我してしまい、違うチューターさんにお世話になったりもしたのですが、
その後も理解しきれない宿題が残ってしまって、チューターさんのお家で教えてもらいに行ったりしていました。
その際も、本当に一からわかりやすく教えてくださって、理解力のない、語学力も
まだまだなかった私のために、時間を割いてくださって感謝しきれませんでした。
それぐらい、11月は、宿題に全てを捧げていたなって思います。
さて、そんな中で、
今現在、車を無料で貸してくださっているご家族がいるのですが、
そのご家族がメキシコからお土産を買って、私の家に届けてくれることもありました。
彼らは、お医者さんに行くとき、アメリカではなく、メキシコに行って、
そちらにある病院を利用します。
アメリカは、保険がとても高く、全員が平等に受けられるわけではないので、
日本で受けていた環境とは、果てしなくかけ離れた環境にあります。
メキシコに行っても、私のことを考えてくださる瞬間があるだけで、
とてつもなくありがたい話だなと胸が温まる思いでいっぱいでした。
さて、そんな日もあって、心が満たされていたのですが、
なんと、突然、冬に日本に帰る際に使うはずだった飛行機に変更があり、
自分が乗るはずの空港ではなく、自分の街から4時間ほど離れた場所の空港が
第一便となってしまったのです。
私はテンパってしまって、すぐお世話になっていた友達家族のお兄さんに
電話させてもらいました。
私もテンパりすぎて、うまく伝えられず、
お兄さんがすぐ迎えに行くから、ちょっと待っててと言って、
私のお家まで、車で迎えにきてくれました。
そのあと、おうちにはお父さんとお母さんがいらっしゃったのですが、
お兄さんと3人で私のことを心配してくださって、
一緒に調べてくださって、
お父さんが私の代わりに飛行機会社に電話してくださりました。
ここが私のほんとにいけない所なのですが、
一つのことに集中しすぎて、解決策を考える前に、
落ち込んだり、起きてしまったことを受け止めるのが大変で、
それに時間がかかってしまっていました。
あの時は、日々が辛すぎて、大事な人の大事な人をコロナで失って、
家族のもとに帰りたい、じゃないと死んでしまう。
そんな感情だったので、あの時は、ショックが大きかったです。
結果、別の飛行機を探してくださって、その便は予定していたはずの便より、
数時間ほど遅くなった程度で済んだので、本当にありがたかったです。
友達家族の優しさと温もりには、本当に感謝してもしきれません。
この家族は、数ヶ月前の4月、家族旅行に一緒に誘ってくださって、
それぐらい優しくしてくださっています。
日々、いろんなことに感謝して、私が今もここにいられるのは、全て周りの人のおかげなので、
その気持ちを捨てずに、今日も一生懸命、宿題地獄乗り越えてきます!!!
今日は、このあたりで。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い大切にしましょう。
またね。