みなさん、お久しぶりです(174)

こんばんは。

みなさん、いかがお過ごしですか?

だいぶ長い間、投稿できずにいてすみませんでした。

理由の一つとして、高校時代の友達が私のいる国境の街にきてルームシェアしていたのと、

私自身も夏のクラスをとっていたので、毎日休みの時間なく、

勉強と友達とのリラックス時間で、なかなかブログを開くことができませんでした。

そして、2週間前に夏のクラスが終わり、1週間夏休みを挟んでから、また秋クラスが始まったのですが、

とんでもないことが起きてしまい、

現在、私は、今まで二年間住んでいた家には住んでいません。

急遽、友達のご家族と一緒に住まなくてはいけなくなりました。

すごくすごくありがたいことで、本当に感謝しきれないのですが、

それについても、一つ一つ話していきたいなと思っています。

なので、今日は、いつものような書き方はせずに、長々となってしまいますが、

簡潔に、この夏を振り返りたいと思います。

前回のブログで、ラスベガスまでのお話をさせてもらいました。

あれから、数日後、高校時代の友達で、アメリカの大学に通っている子がいるのですが、

私の街でインターンシップを受けることになったのです。

彼女は、リモートでインターンシップを受ける必要があったのですが、

同じく、私も夏のクラスを取っていたので、

二人で思い出話をしながら、支え合って、なんとかこの夏を乗り越えていました。

私の夏のクラスは、全てオンラインで、2教科とっていました。

一つは、Geology(地学)、もう一つは、History II(歴史)です。

それがまた、過去を超えるほどの大量の宿題で

自分では抱えきれないほどの量に、Websiteでお金を払って、

教えてもらわなきゃわからないほど、難しい内容でした。

でも、自分がどれだけまだまだ英語ができないのか、

または、実力が足りないのか、

勉強をする、しない以前に、英語ができないとその科目を一から理解する英語力はないので、

その現実に再度ぶつかる数ヶ月になりました。

何より、通常は、4ヶ月ほどで終わる内容のものを2ヶ月でやらなきゃいけないので、

宿題の量が増える理由もすごく理解できました。

しかも、地学というものを一から学ぶのも生まれて初めてで、

歴史の2にあたるクラスも、アメリカで初めて学ぶ内容だったので、

第二次世界大戦など、日本が多く歴史に関係している時代でもあり、

とても複雑な気持ちになったりしたことも多々ありました。

友達もインターンで大変だったのに、夜、私の宿題も手伝ってくれて、

それが何よりありがたかったです。

そして、私たちのプライベートの過ごし方をシェアさせてもらうと、

私たちは、5時にお互い仕事と勉強を一旦ストップして、

その後に、やりたいことをやっていました。

特に、私も友達も生まれも育ちも日本で、日本食が大大大好きです。

なので、近くにあるアジアンマーケットに行っては、餃子の皮を買って

一から餃子を作ったり、

ハンバーグ、カレー、親子丼、炊き込みご飯、海鮮丼、などなど

普段一人では作る気にならなかったものや、作るのが大変だったものでも、

二人ならすごく楽しくて、美味しさも倍で、毎日が幸せでした。

(もちろん、アメリカで日本食に使う材料を買うとなると、全て輸入されて届いているので、とても高く、税含め、買うのが本当に大変です。)

そんな平日の夜を過ごして、仕事と授業をお互い頑張った後、

土日は、基本的に、彼女が起きるまでの間、私はできる限り宿題が終わるように勉強し、

午後からは、映画館に行ったり、近くのモールへ買い物に行ったり、

アウトレット、友達家族と海に、または、友達の誕生日会に一緒に参加したりもしました。

これは、すごく感動した部分だったのですが、

友達、そして、友達の友達も、友達の家族も、みんな私と同様にすごく友達のことを

受け入れてくれて、大事にしてくれて、愛してくれて、

それが何よりも嬉しかったです。

彼らは普通のことだ、これが日常って言うけれど、

やっぱりこの街のみんながみんなそういうわけでもなくて、

今はコロナ禍でもあるから、それが簡単にできるわけではないのに、

快く受け入れてくださったこと、私の時と変わらずに、大切にしてくださったことに、

すごく幸せな気持ちになりました。

友達も、国境がこんな場所だなんて、知らなかった。

”〇〇が今もここで過ごせてる理由がわかったよ。”

”ほんとに素敵な人たちに出会えたね。”

そういってくれたのも、とても自分にとって大きかったです。

両親でさえ、今もなおこの国境で生活できていることに驚きを隠せなくて、

でも、両親が簡単にこの場所に来ることはできません。

もちろん、金銭面でもそうだし、コロナ禍でもあるし、何より海外に対してそこまで積極的ではない二人なので、

私の言葉からでしか、彼らに伝えることはできません。

そういうなか、ペンシルベニア州に住んでいる友達が来てくれて、

私がどれだけ国境のご家族に優しくしてもらって、助けてもらっているのか

共有できたことが、本当に本当に嬉しかったです。

そんな夏休みですが、彼女がいたのは、2ヶ月半。

地元のコーヒーのお店を調べては、トライしてみたりして

まさかの14店舗も行けたり!!!

いままで行きたくても行けなかった日本料理屋さん、

毎日が本当にとても楽しく充実した日々でした。

そんな楽しい日々の中、最後の土曜日には、彼女の誕生日はまだまだだけど、

さよならパーティーよりはいい!って、誕生日会を一緒に開いてくれることになりました。

友達には嘘をついて、みんなで最後レストランで待ち合わせして、

食べ終わったら、家に帰って、サプライズ!!!!なんて素敵な時間を提供してくださって、

本当に私まで感動の連続でした。

そんな日々の中、無事に最終日を迎えました。

朝、7;30には、飛行機に乗るために、家を出ようとしていたのです。

すると、、、、、、

家の前に、一つの手紙を見つけました。

すると、そこにはセクハラの内容が書いてあって、

小さな男の子が、私の友達に一方的に話したこともないのに、恋をして、

性行為の要求をしているようでした。

私からしたら、本当にくだらなくて、子供じみたいたずらにしか見えなかったのです。

あのときは、二人とも気にしないで、いいから空港に行こう

そういって、私たちは、空港にいき、友達を見送りました。

でも、家に一人で帰った後、もう一度その手紙を読んだのです。

すると、私の住所のアパートメント番号が書いてあって、

彼の名前も年齢も住所も書いてあったのです。

要するに、

”お前がどこに住んでいるかは知っている”、

”俺はここに住んでいるから会いたい”

という内容だったのです。

でも、その性行為を一つ一つ詳しく書いてあることが気持ち悪くて、

私は嘔吐してしまい、ファイナルウィークで宿題とテストをたくさん抱えていたのですが、

これは、異常だ

すぐさま、友達に送り、身近な人には助けを求めました。

すると、全員同じ内容のことが返ってきて、

いますぐ、警察にリポートし

その言葉の一点張りでした。

友達がいうには、

そのようなセクシャルハラスメントとして、扱われる内容のことを書いておいて、

自分の身元が全てわかるような情報を全部手紙に書いているのも、

常識的判断ができていないし、

内容的にも最近学んで興奮してる、もしくは、字面から見ても、すごく子供っぽい。

そう判断され、メンタル的な問題を抱えているかもしれない。

だったら、その友達が去った後に見つかったのは、不幸中の幸いだったけれど、

私に何かあるかもしれない。

いくら子供がやったいたずらでも、そういう子ほど力の加減がわからなかったり、

感情のコントロールができないことが多いから、

一緒に警察に行こう。

そういって、友達が私を警察署に連れて行ってくれて、

平常心を保てなかった私も、少し落ち着き、警察にこの事件を預けてもらうことにしました。

でも、みなさん、ご心配なく!!!!!

若い男の子が、興味本位で書いた悪戯で、私はその日以降、友達の家に一緒に住ませてもらっているので、

ご安心ください。

いろんなことがあり、もうぐちゃぐちゃで、

でも、人の温もりや優しさに勝る幸せはないと、自分でそう思えるので、

今は、心も体も、しっかり回復できているんだと思います。

明日から、頑張って定期的に、ここに書いていければいいなと思います。

今日は、このあたりで。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。

またね。

投稿者: アメリカひとり留学

はじめまして。 私は、東京生まれ東京育ちの下町っ子です。 今はアメリカにあるアジア人1%の学校に通っています。 自分が企業や学校を使わずに、一人でアメリカの学校と契約したことや留学生活について、文字に起こしていけたらなと思ってます。 そして、今現在コロナウイルスで世界中が大混乱になっていますが、私は現在もアメリカに残ってオンライン授業を受け、隔離生活中です。 少しでも、『あ、こんな子がいるんだ。』って知ってもらい、 家族と一緒に生活している方は今の環境を幸せに思ってもらえたら嬉しいし、 私と同じく今一人で生活されてる方には、一人じゃないっていうことがほんのちょっとでも伝われば嬉しいです。 よろしくお願いします。

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