こんばんは。
みなさん、いかがお過ごしですか?
今日は、ラスベガスの3日目の続きを。
私たちは、彼がいなくなったあと、
4人で街を歩いていました。
私以外の3人が元々買いたかったものがあったみたいで、
私は外で待っていたんですけど、
あの時、精神が持たなくて、東京にいるお母さんに電話してしまいました。
”彼のことが心配だから、戻りたい”
”彼女がそんなことする人だって知らなかった”
”もう、彼女と縁を切りたい”
”彼女は、酔っ払ってて暴走が止まらない”
そんなふうに母に伝えたのを覚えています。
私は、確かにお酒を飲んだけれど、全く酔っていなくて、
冷静に考えられたあの時だからこそ、一人だけ悲しんでるというか、
ラスベガスであんな思いになっている状態に、
すごく悔しくなりました。
一人でどうにかできる状態じゃなかったからこそ、
一人で背負おうとしているのも悔しくて、モヤモヤしていました。
ルームシェアしている二人組は、外に出た後も、
お酒を飲んでいて、
その彼らですら、
”彼は、男だから、大丈夫。携帯に出なかったのが答え”
”私を信じて”
”心配ないから、たのしもう!!!!”
結局そばにいたはずのふたりは、
お酒も入っているから、ラスベガスを楽しむことだけを考えていました。
でも私には、どの言葉も刺さりませんでした。
もちろん、男で、私は、彼とこの旅行で初めましてだったし、
歳も全然上で、いつも私の友達がひどい言葉を言った時とか、
自分勝手になった時に、正しいことを彼女に伝えて、
”彼は、私が自分勝手になった時、いつも正しい道に戻してくれるの”
そう彼女も私に話してくれました。
それもあって、私の友達が彼にすごく感謝しているのだけは知っていました。
でも、なんでいつも助けてくれる彼を、
放って置けるんだろうとか、もう考えたらキリがなくて、
私だけ、辛くなっていってしまいました。
それも、買い物をした後、ホテルに戻ったのですが、
彼は、もちろん部屋にはいませんでした。
そこで、私たちは彼の携帯を見つけて、その時初めてあの時電話に
出なかったことの理由を知りました。
でも、1時間後に私たちは、美術館の予約が入っていたので、
ひとりの女の子は、疲れてしまったから家で休んでいるって
残ることになったのですが、
私含む3人は、高めの入場料を払ってしまっているので
行かなければいけませんでした。
(残る決断もしたのですが、携帯が部屋にある以上、必要以上に探しまわっても
ここは、ラスベガスだから危ないということになりました)
そして、美術館に行ったのですが、
誰も楽しむことができませんでした。
私の友達は、そこで初めて記憶がないことを私たちに伝えてきて、
彼がどういうふうにいなくなったのかさえも覚えていませんでした。
彼女が私に言ったひどい言葉やしたことに対して、
私が直接いうと、
”だから、ごめんって!!”
と、強く返されたのはすごくショックでした。
そして、彼が警察に捕まっていたら、
トイレでひとりで倒れて寝ていたとしたら、
もしも、彼が誰かに連れて行かれてしまっていたら、
彼が事故に遭っていたら、、、
私たち3人は、美術館でもう夜遅くだったのですが、
ご飯を食べながら反省する時間がありました。
日曜日は、朝早くに飛行機があるので、もしも今日彼が帰って来なかったら、
どうするの?
私たちだけでは帰れないよ?
そんな無責任な話ある?
どうにもこうにも、話は、良い方向には進むことがなく、
とにかく息苦しい夜になりました。
そして、美術館からホテルに戻ったのですが、
休んでいた彼女は、もうベッドで寝ていて、
その時に彼はまだ戻ってきていませんでした。
もうすでに、夜の11:00だったと思います。
今日の一枚

今日は、この写真を。
これは、さっきお話しさせてもらった美術館の写真です。
全てが光のアートになっていて、
とても素敵な場所であったことは確かです。
物が動いたり、
綺麗な映像があったり、
そこでしか売ってないキャラクターのものがあったり、
本当にラスベガスの美術館は、レベルがすごいなって感動するはずだったのですが、
一緒に行くはずだったメンバーが欠けている時点で
やっぱり、みんなのテンションは低いままでした。
あの時のハラハラとムカムカと、でも、綺麗な映像に魅了される自分もいて、
すっっっごい複雑な感情でした。
この国境の街は、メキシコの文化がものすごく強く、
人と人との繋がりが狭く濃いので、パーティーというのは日々の日常になっています。
そして、みんな合法の年齢になれば、そりゃあお酒も飲みます。
でも、だからと言って、ハメを外していいわけではないし、
調子にのって、いつもよりもはしゃぎすぎてしまうこともよくありません。
サンアントニオに一緒にいったメンバーは、全然異なるキャラクラーの友達で、
私たちは、誰ひとりお酒で潰れることもなければ、
ホテルで夜ゆっくりと語り合う時間があったほどです。
たった1週間違いで全く違うタイプの友達と行く旅行は、
もう心が持ちませんでした。(笑)
さて、今日は、、、*
コロナ渦でのハロウィン
私は、10月の最後の週も、成績が本当に維持できなくて、
教授に会いに行っては、どうしたらいいのか、相談しに行っていました。
チューターさんの前で泣いてしまったり、
1日に4つの宿題を終わらせなければいけなかったり、
なかなか上がらない成績の点数に嫌気がさして、
全てを投げ捨てたくもなったりしました。
そんなこともあった10月のラストの週ですが、
以前にこのブログでも書かせてもらったのですが、
私に今現在、無料で車を貸してくださっているご家族がいます。
その友達は、私が学校のカフェテリアで出会って、
ずっとずっと仲良くしている子なのですが、
コロナに家族感染したと聞いてから、約2.3週間たった頃でした。
お父様がコロナでお亡くなりになったと彼から連絡がありました。
もうすでに時間が経ってからの報告だったのですが、
”彼が生前、あなたのことを思っていた。あなたは勉強に対してモチベーションが高く、彼はすごく気にかけていたから、あなたには彼のことを伝えたかった。”
そう、彼は私に連絡してくれました。
きっと、辛くて、辛くて、たまらなかったと思うし、
無理に言葉にする時間をつくらなくてもいいからって
言いたくなるほど、悲しいお別れの仕方だったと聞きました。
家庭内感染すること、そして、大事な家族がそんな厳しい隔離の中で亡くなること
考えるだけで涙が溢れてきます。
あの時、彼に何一つ適切な言葉はないと思いながらも、
お母様のそばにいてあげてほしい、
そして、食材とか何か必要だったら届けるということ、
お父様への感謝の気持ちも伝えさせてもらいました。
あの日は、本当に今でも鮮明に覚えています。
それが、コロナ禍でのハロウィン直前の話でした。
私は、気分が上がることなく、彼と約束していたパンプキンパッチという
アメリカで有名な、たくさんのパンプキンが並べられているところで
写真を撮るのですが、それもキャンセルしようということになりました。
ハロウィン当日も、ラスベガスに一緒に行ったあの友達と一緒に会う約束をしていたのですが、
結局私たちは、その日会うことはありませんでした。
2020年のハロウィンは、とても悲しい印象が強いのですが、
そんな彼が、私に手作りのハロウィンボックスをくれたのです。
そこには、たくさんのお菓子やおもちゃの骸骨、クモ、いろんなものが入っていました。
彼はファッションデザイナーでもあるので、本当にアイデアの溢れた才能のある素敵な友達です!!
ボックスには、ハロウィンを連想させるような、たくさんの蜘蛛の巣をわたで作っていて、
その表現の仕方に思わず、うっとりしちゃうほどでした。
自分にとって辛い時期に、誰かのことを思って、何かをしてあげられるって
私にはできるかどうかわからないからこそ、
その優しさは、本物だなって学ばされてばっかりです。
今年のハロウィンは、コロナ禍ではあると思うのですが、
変わらず楽しめたらいいなって思います。
今日は、このあたりで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。
またね。