おはようございます。
みなさん、いかがお過ごしですか?
今日は、以前のラスベガスの話の続きを。
前回お話しした通り、とんでもない経験をしてしまいました。
ジップラインは、もう二度としたくないと思ってしまうほどでした。
そして、今日はその続きを。
ジップラインを楽しんだあとは、もう夜の6時近かったので、
一旦ホテルに戻りました。
そして、お部屋でゆっくりしたあとは、お洋服をまたかえて、
ホテルにはいろんな楽しめる場所があるので、
そこで写真を撮ったりして、ゆっくり過ごすことができました。
ただ、旅行につきものなのが、
予約しているものによって、私たちはご飯の時間が確保できなかったり、
3食をしっかり食べるということができなかったので、
2日目の夜も、レストランにある24時間やっているレストランに行ったのですが、
もうその時間は、すでに遅い時間になってしまいました。
でも、ありがたいことに、お腹を満たして、その日眠りにつけたことは、
旅行の中での幸せなひとときになりました。
みんなシャワーも朝派なので、ベッドに入る前にお風呂に入らなきゃ気が済まない私は、
あの3日間の夜、みんなが寝てる間、静かにシャワーを使うのも一苦労でした笑
3日目は、とんでもない事態が、、、、、、(大涙)
今日の一枚

今日は、この写真を。
あまりに綺麗だったので、撮ってしまいました。
ラスベガスに行って良かったなって思うことが一つありました。
それは、何より、人生に正解はないということ。
誰かにとって、正解でも、
誰かにとっては、それは正解ではない。
それは当たり前のようで、日本では気づけないことでした。
日本は、本当に素晴らしい国です。
こんな感情、日本にいたときは、気づけなかったし、
体感しないとわからない感情に近い気がするけれど、
みんなの中で、社会のルールが存在して、モラルが知れ渡っている。
人それぞれ価値観は違うけれど、ルールの中で生まれる思いやりがある。
人の気持ちを悟れること、気づけることは、
海外では、本当に一握りだったりします。
そして、特にアメリカでは、宗教、州、人種、さまざまな異なりが合わさって、
個性が生まれているので、自分を出すことに価値が置かれているので、
アジア文化のような集団で合わせることは美とされていません。
だからこそ、家庭の中でのルールが外でのルールで通じるかのような生活をする人が多いです。
”お母さんがこう言ったから。”
”私の親はこうだから。”
”私の家庭の教えはこうだから。”
そういう状況に直面した時、常識って存在しないんだな、って思いました。
だけれど、逆に日本では、横並びで歩くことが普通であって、
一人飛び出ることに違和感を感じて、私は、義務教育を受けてきました。
でも、そんななかでラスベガスでは、誰ひとり同じ人がいない。
もう明らかに見えるんです。
違いを楽しんでいる光景が。
それって、簡単なようで、全然簡単じゃないなって思いました。
長袖を着ている人もいれば、半袖の人もいる。
同じ天気で気温で生活しているはずなのに、
人それぞれ違う。でも、それが普通。
日本でよく耳にしていた、”なに、あの人?”
という、感情も耳にしないし、聞こえない。
そう感じさせないあのラスベガスの雰囲気は、すごかったです。
何より、お金があるからこその誰になんて言われようと、というよりも、
誰にも何も言わせないほどの自信があるから、個性を出せるというのも
あるのかな?なんて思ったり。
アメリカは、メンタルヘルスも問題になっていて、
1日に銃で100人以上がなくなるとも聞きます。
自分を見つけれるのって本当に難しいことなのかもしれないです。
さて、今日は、、、*
10月の乗り越え方
Phi Theta Kappa という、アメリカ全州のCollege優秀生徒が所属できる団体に
入ることを悩み始めた時、
一番に私の背中を押してくれたのは、やっぱりTutorさんでした。
私は、自分の成績を高くキープできているのは、
全て毎回宿題を持っていくたびに、チェックしてくれて、訂正してくれて、
ミスを教えてくれるTutorさんがいるからだと思っていて、
それに対して、なんだか少し戸惑いがあったのか、抵抗してしまい、
最初は、入ることを拒否していました。
でも、全ては、あなた自身が毎日続けた努力だからと、
ありがたい言葉をいただいて、
そして、何より、これに入っているだけで、就活の際に推薦状を頼めたりと、
プラスなことがたくさんあるよと、言っていただけました。
それもあって、両親への後押しもあり、入ることになりました。
とは言っても、私の宿題の山は、終わりが見えませんでした。
とにかく、朝から晩まで宿題、宿題、宿題。
テスト、テスト、テスト。
しかも、その週には、政治のクラスのテストで一番最低点を取ってしまいました。
もちろん、その点数は、C評価なのですが、
もうショックどころか、心が折れかけていて、
どうしたらいいのか、大パニックでした。
なぜなら、私たち留学生が持っているF1-Visa (Student Visa)というのは、
ルール上、
*オンラインクラスは取ってはいけない
*一学期、必ず12単位以上=4クラス以上取らなければいけない
というルールがあるのです。
もちろん、今は、コロナのため、留学生へのオンラインの受講は許可されているのですが、
成績でCを取ってしまうと、そのクラスをパスできない、いわゆる落単してしまう可能性があるので、
あの時は、パニックどころか、Visaを失うんじゃないかって思いました。
強制帰国なんて、あそこまで頑張ってきて、悔しすぎるって泣きそうでした。
チューターさんも驚いていて、その反応にも傷ついてしまうほど、
メンタルが追い込まれていました。
でも、そんな中で、唯一のメンタル保持に力を貸してくれたのが、
日本の友達との電話でした。
時差もあるし、バイトもみんなしているからこそ、
そう簡単には予定も合わないし、難しい場合が多いのですが、
それでもとにかく単位を獲得しなきゃと、必死に頑張るには、
友達との気分転換が必須でした。
そこで思ったことが日記に残っているので、少し振り返ります。
私は、20年近く、日本にいた頃、毎日友達に会えて、
幼稚園からの幼馴染も多くて、
仲良くて、
集まりもお祭りも頻繁にあって、
小学校、中学校、高校、バイトと、揉め事や友達とのぶつかりは多々あっても、
友達作りに悩むことはなかったし、
友達がそばにいないということも振り返ってみると
ありがたいことだけど、経験がありませんでした。
もちろん、友達が長期で海外の学校に行ってしまうとか、
地元が同じだったのに、引っ越して違う街に友達が行ってしまうとか
そういうのはあっても、
信頼のおける友達がそばにいない経験は、アメリカに来てから初めてでした。
あの時素直に、なんでも話せるアメリカの友達はいなかったなって思います。
自分を表現することに困惑して、どうしたら、東京や、アニメというカテゴリーではなく、
自分自身の性格で、私の名前で覚えてもらえるのか、
必死になっていました。
もちろん、ありがたいことに、友達もできて、誘ってもらえる機会も増えて、
友達の友達、ご家族のそのまた親戚、、、、
と、本当にご縁ってありがたいなとつくづく感じました。
日本人の駐在ご家族にも出会えて、たくさん可愛がってもらって、
お世話になりまくりで、感謝しています。
だけれど、日本では泣き虫で有名だった私も、
アメリカに来て、人の前では絶対泣かなくなって、
常に笑っていよう、笑っていなきゃと、必死になって、
Tutorさんの前でしか泣けないどころか、
人と共有し合うことに幸せを感じていた私も、その時間がもうないことに
その友達との電話でいろいろ思い出したりもしました。
友達は、ひとりでこんな街にきてるなんて、えらいよ、すごいよ、強いよ、かっこいいよ。
そうやってたくさん褒めてくれると同時に、
私を必要としてくれる言葉もくれて、
電話越しに泣いてしまったのも覚えています。
どうして、東京には、たくさん私を待っていてくれる人、
あと、何日頑張れば会えるね、なんて言ってくれる人がいるのを
考えたりすると、
コロナの間は、オンラインで全部受けられるし、
日本に帰って、大人しく授業を家で受ける方がいいんじゃないかって
思ってしまうことが多くなりました。
そんな週だったなって今思い出せる限りですが、書かせていただきました。
こうやって振り返ると、本当に必死に生きていたことがわかるし、
今見えている景色がすごいよくなっていること、
助けてくれる友達が増えたこと、
心から話を聞いて、相談に乗ってくれる友達ができたこと、
停電の時に泣いていた私を救ってくれた友達、ご家族がいたこと、
本当に幸せな気持ちでいっぱいです。
今も、今日も、テストざんまいでしたが、頑張って明日も生きようと思います。
今日は、このあたりで。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。
またね。