ラスベガス到着後+日本帰国を決断(168)

こんばんは。

みなさん、いかがお過ごしですか??

今日は、ラスベガスの続きについてお話しさせていただきます。

とんでもない事になってしまったなと、驚きが隠せなかった中、

私は、約3時間飛行機に乗って、ラスベガスに向かいました。

そこについた瞬間、もうあたり一面全部ギャンブルの機械で

一瞬にして、雰囲気が変わりました。

もちろん、私はギャンブルには興味がありません。

ちなみにあの4日間でもギャンブルには一度もチャレンジしませんでした。

ただただ180°違う世界に驚きが隠せなかったです。

さて、空港について、そんな雰囲気一色の中、

私たちは、ラスベガスの中でもトップに入るホテルに行きました。

なぜそれが可能になったかというと、5人で金額を割ったことで、

ホテル代がとてもおさえられたのです。

そのホテルの写真は、”今日の一枚”でシェアさせていただきますね。

みんなでホテルに着いた後、その綺麗さに驚きを隠せなかったのですが、

ここでまたカルチャーショックです。

アメリカ人というか、メキシコの人たちは、午後から活動する、もしくは、

夜中から遊び始める、夜中までパーティーをやっていることがとても多いです。

それもあって、彼女たちは着いた後、2時間かけて、服選びやメイクが始まりました。

”あああああーーーー”って、叫べればよかったのですが、、、

私は、朝からメイクして、出かけられる準備はできていたので、

これまた旅行ならではの悩みが生まれたなって思いました。

そういうこともあり、2時間私はのんびりお部屋で過ごしたあと、

みんなで街を探検しにいくことになりました。

すると、ホテルの部屋を出てロビーに行く間に、

そのホテルには、ギャンブルができるコーナーがまたまたあたり一面広がっていて、

とんでもない数のカジノやら、パチンコやら、たっっくさんありました。

私は、興味がなかったので、みんなのを見て、社会勉強だ、なんて思っていました。

でも、正直、この世には、億万長者とか、世界的にお金持ちの人が

映画で見るものと全く同じように存在していることがほんとに衝撃的でした。

お洋服、髪型、身につけているものから全てが違いました。

そして、外に街を探検し、ご飯を食べに行きました。

もちろん、ラスベガスなので、料理は値段が高い!!!笑

でも、アメリカはサイドメニューですら量が多いので、

そっちをみんな頼んで、小腹を満たす程度に食べていました。

さて、部屋に戻ったあとは、少しスーツケースを整理して、

またまた外に出て、夜の景色を楽しみました。

すっごく東京に似てるって思ってしまうくらい、

私は、夜の明るい景色すら久しぶりで、

東京の渋谷のもっともっと大きくて高級で賑やかなのが、

ラスベガスだなって思いました。

見ているだけで、

人が歩いていること、

明かりがたくさんあること、

お店が賑やかなこと、

誰かが街の片隅で演奏したり、踊ったり、歌ったりしていること、

そんな景色は、この国境にはないものなので、

東京をすごく懐かしく思いました。

しかもその日は、20000歩以上歩いたのですが、

なんとそれも東京に帰った時以来で、約6ヶ月ぶりでした。

やっぱりアメリカに来て歩かなくなったから、

足の筋肉も全部落ちてしまったし、歩くってすごく大切ですよね。

明日は、2日目のお話を。

今日の一枚

今日は、この写真を。

この写真は、ホテルの写真になります。

幸せなことに私は、今回奨学金がおりたので、それを授業料に使うことができ、

今回の旅行が叶いました。

もちろん、私は、ラスベガスに似合う女性でもないし、

ギャンブルが好きなわけでも、興味があるわけでもないのですが、

世界を知るという意味では、とても刺激的で、

それぞれが人生を楽しんでいるのが見える場所ってやっぱりすごいですね。

アメリカに来てから、ラスベガスだけではないのですが、

人生を自分の色で楽しんでいる方が多いということに気がつきました。

それは、もちろん、家庭や宗教、政治的観点から

人それぞれ対立や人との関わりの制限、

日本では感じなかった考え方があるけれど、

なんだか、すごいアメリカは自分にはなかった考え方、自分の周りにはなかった考え方が

言語が違うからこそ、文化が異なるからこそなのか、

それとも国柄なのかは、わからないけれど、

生まれるものなのがたくさんある気がしました。

でもそれは、他の国に行ったら、それはそれでまた違う考え方が

あるんだろうなって思いました。


さて、今日は、、、*

突然の日本帰国を決断

2020年10月の2週目の日曜日。

私は、朝から友達とフリーマーケットに行きました。

忙しい合間をぬって、2時間だけ一緒に遊んでくれる友達がいるのも

本当にありがたいことでした。

(その彼女は、今日の最初の方でも書いたラスベガスに一緒に行った友達です。)

スーパーポジティブな彼女は、バイトにクラスに忙しいのに、

宿題を一日中する日曜日にも、楽しみは必要でしょって、

私を連れて行ってくれました。

いつも私のことをSNSにのせるとき、

写真に”My favorite”(私のお気に入り)

というふうに打って、のせてくれて、

そのたんびに私は、嬉しくなったりもしました。

そして、あの日は、私に”日本語で打って”なんてお願いしたりもして、

私が日本人だから仲良くする、とかではなく、

私がたまたま日本人だったから、日本に興味を持つという

それが彼女にとっては、普通のことでも、

私からしたらすごく幸せなことでした。

相手のアイデンティティーを壊さずに尊重しあえる中は、

これからも大切にしていきたいです。

さて、そのフリーマーケットなのですが、

メキシコやテキサス、そして、この町での食材や、お洋服、品物が

たくさん並べられていて、

普段はとても混んでいるけれど、コロナでその時はすごい空いていると

友達が教えてくれました。

メキシコならではの伝統的な文化のものも並べられていて、

すごく興奮したのを覚えています。

2時間まるまる楽しんだあとは、私はおうちに帰り、

昼ごはんを食べたあと、

いつも通りチューターさんの家に行ってきました。

その時は、ちょうど友達ご家族がコロナウイルスに家庭内感染してしまったと

聞いた時でもあり、

すごく私の心が不安定な時でもありました。

しかも、Texas Government の成績も良くなくて、

教授に会いに行っては、どうやったら成績が上がるか、

どのようにこのクラスを乗り越えればいいのか、

相談したりもしていました。

それもあって、Tutorさんから一度日本に帰ったほうがいいと

アドバイスを受けました。

というよりも、夏休みのまま日本に帰ったほうがよかったんじゃないかって思えるほど、

すごく精神的に不安定になってしまっていたのです。

もちろん、友達が遊んでくれることは幸せなことで、

それがたとえ2時間、3時間だとしても、

夢のような時間であることに間違いはありません。

でも、24時間ひとりで住んでいて、

知っているご家族がみんなコロナにかかり、危険な状態になるなんて

知らないあの時だったからこそ、

怖い時間が続いたのを覚えています。(体調が悪いことは、すでに聞いていました)

そして、両親もありがたいことに納得してくれて、

飛行機は、10万円以上したし、隔離も必要、そして、コロナ禍でもある。

何より、冬休みは1ヶ月程度しかない。

そんな中で、家族は了承してくれました。

あの時は、今でも振り返れば、涙が出ます。

今は、みんなから”ものすごく頼もしくなったよ”って言われるほど、

認めてもらえるようになりました。

いろんな奇跡は、自分の努力以上に、何よりも周りの方のご厚意でもあるけれど、

今振り返ると、あの時きた限界を救ってくれたのは、

家族であり、両親だったなって今、感謝を直接伝えたくなりました。

そんな10月の2週目でしたが、まだまだ大変な日々は続きました。

今日は、このあたりで。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

手洗い、うがいをお互い大切にしましょう。

またね。

投稿者: アメリカひとり留学

はじめまして。 私は、東京生まれ東京育ちの下町っ子です。 今はアメリカにあるアジア人1%の学校に通っています。 自分が企業や学校を使わずに、一人でアメリカの学校と契約したことや留学生活について、文字に起こしていけたらなと思ってます。 そして、今現在コロナウイルスで世界中が大混乱になっていますが、私は現在もアメリカに残ってオンライン授業を受け、隔離生活中です。 少しでも、『あ、こんな子がいるんだ。』って知ってもらい、 家族と一緒に生活している方は今の環境を幸せに思ってもらえたら嬉しいし、 私と同じく今一人で生活されてる方には、一人じゃないっていうことがほんのちょっとでも伝われば嬉しいです。 よろしくお願いします。

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