緊急避難+二学期前の心境(113)

こんにちは。

みなさん、いかがお過ごしですか?

今日は、まず昨日の話の続きをさせてください。(見ていない方はぜひ、昨日の投稿を)

突然の氷点下の気温に、亜熱帯地域である国境の街は、大混乱でした。

もう電気も止まり、水も止まり、場所によってはパイプが破裂していました。

テキサス全体で大寒波に襲われたので、

North地域に比べたら、Southの国境地域は、まだ氷点下の気温がそこまで下がらなかったのかなと思います。

月曜日の当日、仲の良い友達に救われ、なんとかお昼ご飯を手に入れられた夜、、、

私の家はまだ電気がつかず、暗くなるにつれ、涙が出て、その涙を温かく感じるほど、私の体は凍りきっていました。

外は暗くなるにつれて、部屋も何も見えなくて、充電も無くなっていき、

私はあの日どれだけ”あかり”が重要か実感しました。

ただいろんな友達に連絡していく中で、

ほとんどの友達が違う人の家に避難していたり、停電したまま家族や彼氏さんと耐えているという状態でした。

しかし、ありがたいことに返事が誰よりも早く、

”僕の家においで!”と言ってくれる友達がいたのです。

私のcollegeのお友達で仲良しの男の子で心は女の子の友達がいるんですけど、

その子が優しく、お母さんも私のことを心配して許可をしてくださり、

私は泣きながら迎えにきてくれた友達の車に乗りました。

普段は、アメリカの友達の前で泣かないのですが、

あの時初めて滝の涙を見せてしまいました(笑)

もう夜遅く、あたりは真っ暗になっていました。

今だから笑い話にできるけれど、

あの時はもうこのまま死んでいくのかって極地まで追い込まれていました。

私は人生で被災した経験がなく、今回の経験でどこまで準備が必要か、一から学ばされました。

それは地震を予想して動ける日本でないからといって安心できるわけではなく、

どこにいてもそれは同じなのだということを心底感じました。

一年中暑いこの国境地域も、ここまで異常気象が起きるのだからこそ、

逆に未来における災害がもう恐ろしいくらいです(笑)

彼のお母さんはスペイン語しか話せないのですが、

彼が通訳しながら一緒に会話と食事を楽しませてもらいました。

その夜、メキシコ料理の伝統料理である”タマレス”をいただきました。

彼が部屋を貸してくれて、一人安心して夜寝ることができました。

全ては、友達と私の置かれている状況を理解してくれているお母さんのご提案があってこそだと実感しました。

その夜は、氷点下のままで、WIFIが使えない状況ではあったのでこのブログも投稿できなかったのですが、電気のない世界を初めて目にした1日になりました。

そして、次の日の朝、友達と一緒にドライブスルーでご飯を買いに行ったのですが、

まさかの衝撃的光景がありました。

火曜日については、また明日の投稿で。

今日の一枚

今日はこの写真を。

これは、夜がどんどん暗くなり、もうほとんど周りが見えなくなっていく瞬間の写真です。

あの時は、友達が迎えに来てくれるのを必死に待っていました。

食料もない、電気もない、もうパソコンの充電も全部携帯にうつしていて、

とは言いつつ、携帯の充電すらも危うかったので、精神的に追い込まれていきました。

これからの数日は、先週のお話をさせていただきますが、

今はお家で電気が使えるようになったのでご安心ください。


さて、今日は、、、*

Tutorさんの存在

このブログに複数回登場しているチューターさん。

彼は、日本での英語の先生の経験があり、

日本語はあまり話せないのですが、

日本が大好きで、私の毎日の生活を親のように見守ってくださっている方です。

フロリダから戻った数日後、そのチューターさんの家にお土産を届けに行きました。

TSIのテストに落ちてしまったこと、英語への自信を無くしかけていること、

そして、いろんなストレスから顔中が真っ赤に腫れ上がっている時期でもあったので、

いろんなことを相談させていただきました。

ニキビのようでニキビではないできものみたいなものがたくさんできてしまい、

私は日焼け止めもきっちり塗っている方だったので、肌も白い方だったんです。

だからこそ、その赤い肌が目立ってしまい、

二学期目が始まる前は本当にやる気もなく、ホストファミリーと別れたのもあり、

落ち込んでいました。

人間ってここまでストレスや不安、突然の環境変化、気温の変化に

体は応えてしまうんだなって思いました。

でも、そんな時ほどチューターさんの存在は大きいです。

チューターさんはいつも私に言っていました。

今はまだこの街のことも人のことも100%わからない。

この街に来て、6ヶ月は最低でも頑張ってみよう。

そしたらきっと、もっとこの街のこと知れて、今見えている景色が必ず変わるから。

そして、何より彼はいつも乗り越えている私を毎週毎週褒めてくださいました。

彼は私の両親より10つ若いくらいで、経験も知識も全然大人なわけです。

だからこそ、まだまだ甘えていた自分を慰めながらも、

まるでそっと背中を押してくださるかのように、

私のことを1日1日支えてくださいました。

そして、チューターさんのもとに逃げるように毎日話を聞いてもらっていると、

あ!忘れてた!渡したかったんだ!

っと、冬休みの間フロリダにいた私に、なんとクリスマスプレゼントをくださったのです!!!

しかも女の子が使える便利なものがたくさん詰まっているギフトボックスをくださって、本当に嬉しかったです。

あの時は、フロリダから約1ヶ月ぶりに帰ってきて、

私のことを待っててくれている友達がいるとわかってはいても、

一人で住んでいるからこそ、それを実感する時間はなくて、

そのチューターさんの言動には今でも覚えているほど救われました。

正直、フロリダから帰ってきたら日本に帰ろう、もしくは他の学校に編入しようと思っていたのです。

寮があって、ルームメイトがいて、留学生がいて、コミュニティーがあって、たくさん寂しさを分かり合える。

言葉にしなくたって、互いに自立していく過程の中で支え合いができる。

今の時代、よく広告やCMなどで留学経験者が語る場所に行きたいと思い始めていました。

肌があんな状態になってしまったからこそ、

限界がきたのではないかと両親もメッセージをくれる日が多くなりました。

アナログのやり方で、自分で勝手に一人で契約して、

家族のいない私には、ある意味サバイバル生活を強いられるこの街に来たこと。

今思えば、あの時自分がどんな向上心と好奇心を持っていたのか、自分でもあまり信じられないです笑

この学校編入についてどんな方向に進んでいくのか、また後日ここに書かせていただきますね。

今日は、このあたりで。

最後まで読んで下さってありがとうございました。

手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。

またね。

投稿者: アメリカひとり留学

はじめまして。 私は、東京生まれ東京育ちの下町っ子です。 今はアメリカにあるアジア人1%の学校に通っています。 自分が企業や学校を使わずに、一人でアメリカの学校と契約したことや留学生活について、文字に起こしていけたらなと思ってます。 そして、今現在コロナウイルスで世界中が大混乱になっていますが、私は現在もアメリカに残ってオンライン授業を受け、隔離生活中です。 少しでも、『あ、こんな子がいるんだ。』って知ってもらい、 家族と一緒に生活している方は今の環境を幸せに思ってもらえたら嬉しいし、 私と同じく今一人で生活されてる方には、一人じゃないっていうことがほんのちょっとでも伝われば嬉しいです。 よろしくお願いします。

緊急避難+二学期前の心境(113)」に2件のコメントがあります

  1. こんにちは^^ 日本のTVニュースでもテキサス寒波の報道がありました 復旧に時間がかかると伝えてました
     それもあってブログの中の知らない人だけど心配してしまいました 記事を読んでて困ってる人に手を差しのべるって世界共通の愛ですね 良かったですね 皆さんからも愛されてるのも伝わりましたよ  人は一人では限界がありこんな時こそ助け合いの心が大切だと感じました 受けた恩は倍返ししなとね(*^0^*)~♪

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    1. 気にかけてくださりありがとうございます。今現在も安全な水と食料が手に入らない状況ですが、私はお米にとても助けられています。そのお言葉の通りだと思います。想像を超える優しさが、人種や言語を超えて感じられたので、貴重な経験になりました。私は優しさを学ばされてばっかりです。必ず違う形で恩返しをしようと思っています!!温かいメッセージありがとうございます。

      いいね: 1人

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