こんばんは。
みなさん、いかがお過ごしですか?
かなりの日数があいてしまい、本当に申し訳ないです。
とうとう私のブログも100回目を迎えました!
すごい、こんな私がまさか100回もブログを投稿できるなんて!
それほど、この国境留学は、私が残しておきたいこと、少しでも誰かと共有したいと思える内容なんです。
今に、そして、今までによく頑張ったってたまに自分を褒めなきゃなって思っています笑
なんでそう思うかというと、私はここ数日宿題に終われ、食べることを怠って、冷蔵庫が空っぽになってしまう状態がおきました。
そして、宿題と同時に運転の練習もしています。
特に先週は、合計17ページ分の宿題を出しました。(15ページはエッセイ)
日曜日は、久しぶりに涙が溢れるほどいろんなものを背負ってしまっていたと気づきました。
土曜日には、足の爪が二枚爪になっていたらしく、表面の爪がもう栄養がなく死んでしまっている状態だったので、ぽろっと剥がれてしまいました。
これをかくと、ええええって思うかもしれませんが、新しい爪がもうできていたので、血も出ていないし、痛いわけでもないのでご心配なく。
ただ、これは私の責任です。
ちゃんと栄養をとって、体を大事にしないとなって思っています。
がむしゃらに頑張ることも大事、自分の実力のなさに落ち込むのも、自分の限界を超えるような宿題の量にトライし続けることも必要なのかもしれません。
なんてったって、アメリカのCollegeはまじでレベル違い。
現地の学生ですら、キャパオーバーしていたりもするのです。
だから、この状態に私は納得しつつも、全力で立ち向かわないとなって思っています。
みなさんも、辛い状態にあるときこそ、しっかりご飯を食べて自分の体を大事にしましょう😢
今日の一枚

今日は、この写真を!
2019年ラストの日です。
カウントダウン花火をやりました!
もちろん、時間帯は、息子くんがいるので早く行いました。
とっても綺麗で楽しかったです!
私は、フロリダの大好きなホストファミリーのもとに会いに行って、そして、一緒に過ごさせていただいて、本当に良かったなと思っています。
ラストの日は、やはり日本とは全然違いました。
大掃除もしないし、年越しそばとかの準備もないし、当たり前ですが、紅白歌合戦やガキ使をテレビで見ることもありません笑
というよりか、ご夫婦どちらとも年越し前の前日もお仕事をしています。
本当にすごい違いですよね。
これは、文化の違いなのか、それとも職種の違いなのか。。。
今日は、2019年ラストのお話をさせていただきますね。
さて、今日は、、、*
フロリダでの年越し、2019年ラスト!
さて、年越し前は、日本とは全然違う雰囲気に包まれ、いつもとは何も変わらない日々を過ごしていました。
その日は、両親どちらともお仕事があったので、私たちはお家でクリスマス映画を見ながら、ゆっくりしていました。
でも、息子くんがこれまた暴れん坊というか、暴力的というかパワフルというか、年越し前にも関わらず、お姉ちゃんのことを蹴ったり、叫んだり、本当によくない笑
私の家では、なかなかない12月31日を過ごすことになるかと思いました。
でも、お家にご両親が帰ってきてからは、やっと年末のような雰囲気になった気がします。
私たちは、ピザを夕食に食べ、外で花火をやりました。
でも、そのときお姉ちゃんだけ教会の子供達の集まりに行っていたので、私と息子くんとお父さんお母さんだけで過ごしました。
アメリカでは、お庭で、カウントダウンを意味する花火をやるようです!
東京は、花火ができるところが限られているし、公園とかなどでは、禁止されている場所が多いので、その光景はとても新鮮でした。
そして、花火を楽しんだ後、息子くんは、変わらず10時前には寝ます。
なので、フェイク カウントダウンと行って、子供用にYoutubeを使ってみんなでいえーーーいってやるのです笑
誕生日の時にかぶる帽子をかぶりながらだったり、シャンパンのようなものを用意して、みんなで乾杯したり、とにかく可愛かったです。
そして、みんなで踊り、息子くんは先に寝ました。
そのあとは、私とご夫婦と3人の時間になり、ゆっくりお話ししながら過ごさせていただきました。
とうとう待ちに待ったカウントダウン!
私たちは、ニューヨークのタイムズスクエアで生放送されている年越しの様子を見ながら、そして、そのカウントダウンに合わせながら、年越しをお祝いしました!
本当に楽しかったです。
素敵な経験をさせていただいて、去年フロリダに行く決意をさせていただけて、それが何より嬉しかったです。
まさか、2020年がこんな一年になるとは、だれも予想していなかったですよね笑
でも、振り返れば、2019年は私にとって人生のターニングポイントになりました。
一人でできない奴がアメリカで生きていけるわけない!
全ては、ここから始まりました。
私は、専門学校を卒業したら、アメリカのCollegeに入学できると思っていました。
そのために、授業料をおさえるために行ったようなものです。
でも、現実は違いました。
夢が叶わなかったと思って欲しくないって言われ、私のことを肯定し続けてくれたある一人の存在が、私の今の学校を見つけてくれて、もうあの時は5月だったのに、、、なんとか9月入学をまだ受け入れているということで挑戦することができました。
そして、全て自分の足で自分の手でこの学校と契約しました。
アメリカに行っても、家もない。口座も無い。携帯番号も持っていない。いわゆる連絡先と言えるものが何1つない状態で、私はこの街へきました。
ホテル生活、、家具もありませんでした。
半年間は、テーブルと椅子すらもありませんでした。
そして、車社会なのに車すら免許すらありませんでした。
全て思い出せば、サバイバルすぎて自分でもどうして乗り越えられたのか、挑戦できたのか、恐怖を抱くほどです笑
よく頑張った、今日はそれを自分に言いたい日にしようと思います。
今日は、このあたりで。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。
またね。