カルチャーショック(99)

こんばんは。

みなさん、いかがお過ごしですか?

昨日は、またまた一日中宿題をやっていました。

これがまた本当に大変です。

なんと、内容は憲法について!法について!

いやいや、無理だよなんて思っている暇はないほど、宿題の量に追い詰められていく時間でした。

もしも、気を悪くなさる方がいたら嫌なので、日本では少し考えられない人種差別のお話をします。

なので、嫌だなって今は読みたくないって方は、”今日の一枚”まで飛んでいただけると、ありがたいです。

今私は、TEXAS GOVERNMENT という自分の州の政治について習っています。

そのため、この州がどのように人々の安全を守っているのか、平等な権利が与えられているのか、それについて学ぶ授業です。

この科目は、私が取りたかった訳ではなく、リベラルアーツというアメリカのCollegeあるあるの卒業するのに取らなくてはいけない科目の1つな訳です。

そんななか、今回のエッセイは、とある黒人さんが虐待され、亡くなられた事件についてでした。

その内容は、今から約22年前 テキサス州のとある街で黒人男性の方が車がなかったため、歩いてお家に帰ろうとしていました。

すると、3人の白人の男の人たちが、彼に家まで送るよと言い、彼を車に乗せてドライブが始まりました。

しかし、ついたのは全然違う。森の中。

そして、そこで彼はひどい暴力を受け、とある説では、黒いスプレーをかけられたり、排泄や排尿の嫌がらせまでされたと聞きました。

そのあと、彼の手足と手首を鎖につなぎ、その鎖をピックアップトラックという大きな荷物を運ぶ用の彼らの車の後ろサイドに繋いで、そのまま引きづり殺したという事件です。

彼は、もちろん生きていました。

しかし、すごい距離を走行されていく中で、彼の頭や体のパーツはその勢いでどんどん切断され、つまり亡くなるまで車で引きづられ、強い勢いで痛めつけられていたということになります。

彼の切断された遺体は、教会の前で見つかりました。

この3人の人は、もちろんレイシスト(人種差別者)であり、体にたくさんの白人至上主義を意味するもの、人種差別団体を意味するタトゥーが彫ってありました。

今は、もう裁判で判決がくだされ、死刑になったものもいると聞きました。

そんな残忍な事件があり、アメリカでは2009年、オバマ大統領によって、ヘイトクライムが犯罪として認められるよう、James Byrdさんの名前の入った法律が認められました。

しかし、それを機にアメリカで何か変わったのかというと、そこからが問題です。

2020年の今も、警察官が黒人を抵抗するまで殴り続ける、もう人間として扱っていない映像がたくさん流れています。

20年以上経った今でも、それがいけないことだと声を大にして伝え合っています。

そんな毎日の中でも、警察官は身の危険を感じたら、銃で黒人さんを殺してもいいのだそうです。

私が、どうして口で話さない。どうして訳を説明しないで、先に威嚇する。暴力を振るう。手を出す!

でも、日本の考え方では先に進みません。

ここはアメリカです。

銃を使ってもいいレベルというものが決まっていて、警察官自身が殺されると思ったら危ないと感じたら使っていいのです。

でもその怖さは、本当にその人が怖かったからなのでしょうか。

肌の色や歴史、体の大きさがもたらす精神状況の変化は、平等だと言えるのでしょうか。

そして、銃を全て取り上げてしまえばいい。

そうは行きません。

アメリカでは、強盗が日本よりも多発しています。

そんな人たちから身を守るために銃が必要なようです。

銃がなくなっては、今度強盗者が強くなって、身を守れなくなるんだ。

そういって、私の意見は全て反論されてしまいました。

日本にいた時、銃声を聞いたことがあるのだろうか。

そこまでして、人を殴ったり、首を絞めたり、押さえ込んだり、袋を顔に被せて窒息死させたり、している警察官を毎日見ていただろうか。

そんな情報しか耳にしない毎日に胸が痛くなります。

でも、私が泣いたところでこの世の中は変わりません。

そう簡単に私が人種差別はいけない!!って声を大にして言えるほどの知識も歴史も恥ずかしいことにないため、難しい環境と立場にいる気がしました。

最近では、黒人さんが7発警察官によって銃で打たれて、脊髄から何からやられてしまい、もしかしたら下半身麻痺になるかもしれないというニュースを見ます。

そして、つい昨日も子供の前で目が青タンになって腫れるまで、しかも小さな子供の前で暴力をする警察官のニュースを見ました。

どうして、変わらないのか。

私の毎週のディスカッションボックスの中では、誰一人差別的言葉を使う人はいません。

みんな肌の色の違いも、それが私たちをユニークにする1つの要素なんだ、素敵なことなんだと、優しい意見で溢れています。

でも、そうはいかないのが現実です。

日本にいた時は、感じなくて済んだこと、悩まずに、悲しまずに済んだこと。

日本は、平和すぎるのです。

どんだけ平和なことか身をもって感じる日々に最近、心がついていけなくなってきました。

一人で抱えるのはよくないなと思って、ここに残させていただきました。

今日の一枚

今日は、この写真を!

この写真は、2019年最後の12月の日曜日に食べたドーナッツです。

私とお母さんと息子くんは、いつもお手伝いで先に行くお父さんとお姉ちゃんとは別に後から通常の時間で教会に行きます。

なので、あの日はドーナッツ屋さんで子供達用にたくさん買いました。

フロリダのドーナッツ屋さんは、おしゃれで日本とはまた違った感じだから、特別に感じました。

日本にもおしゃれなお店は、たくさんあるし、どんどん海外のおしゃれな雰囲気を取り入れているお店も東京でよく見ていたけれど、でもやっぱりどこか違う。。笑

そこで座って食べている人も違ければ、ドーナッツのあの甘い感じも違うからですかね。。

テキサスでは、ドーナッツはあんまり食べていません。

私は、日本のミスター・ドーナツが食べたい気持ちの方が大きいです笑

今日もフロリダのお話はお休みさせてください。

またね。

投稿者: アメリカひとり留学

はじめまして。 私は、東京生まれ東京育ちの下町っ子です。 今はアメリカにあるアジア人1%の学校に通っています。 自分が企業や学校を使わずに、一人でアメリカの学校と契約したことや留学生活について、文字に起こしていけたらなと思ってます。 そして、今現在コロナウイルスで世界中が大混乱になっていますが、私は現在もアメリカに残ってオンライン授業を受け、隔離生活中です。 少しでも、『あ、こんな子がいるんだ。』って知ってもらい、 家族と一緒に生活している方は今の環境を幸せに思ってもらえたら嬉しいし、 私と同じく今一人で生活されてる方には、一人じゃないっていうことがほんのちょっとでも伝われば嬉しいです。 よろしくお願いします。

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