国境留学の秋学期終了(84)

こんばんは。

金曜日、土曜日とお休みだったのですが、土曜日は友達のご家族に会いに行ってきました。

友達のいとこのお子さんがHINATAという日本の名前なのです!

お父様が日本が好きなようでその名前になったと聞きました。

初めましてをさせてもらいましたが、とてつもなく可愛かったです。

そして、お外でお肉を焼いて、手作りハンバーガーを食べました。

メキシコご家族は、偏見もなければ、私に対しても優しくしてくださる方達です。

家族のように受け入れてくださって、たくさん誘ってくださってこのご縁はありがたい限りです。

今日は、日曜日。

初めて運転を教えてくださる方を紹介していただきます。

それもあって、少し緊張していますが、それまでちゃんと勉強して、失礼のないようお礼も伝えて頑張りたいと思います。

今日の一枚

今日は、この写真を!!!

昨日のハンバーガーを作っている様子です。

こうやって、アメリカ人は、お外のガレージで鉄板でお肉を焼きます。

娘も息子さんもみんなこれがサッサッサとできるのです。

ハンバーガーの中身は、アボカドや、トマト、玉ねぎ、レタス、ピクルスなどなどたくさんいれてみんな食べていました。

ソースを色々あるので、自分の好みに合わせてやっていました。

本当にあったかいご家庭に出会えてよかったです。

ちゃんと感謝の気持ちを伝えようと改めて思います。


さて、今日は、、、*

冬休みに入る前!!!!!!

あれから、全てのファイナルテストを受けて、なんとか無事に終えることができました。

私がとっていた4つのクラスで、

Math=A

Learning Framework=A

Child Growth and Development =A

Reading=C

という成績になりました。

一生懸命がんばって全てのテストも受け、宿題も出し、めげずにやり遂げられたことが一番嬉しかったです。

Readingのクラスは、成績がよくないままでしたが、現地の人と一緒にあの授業を受けれて、信じられないほどたくさん遊んでもらえて、とても楽しい4ヶ月間を過ごせたと思います。

そして、この成績が取れたのは、チューターさんのおかげです。

泣いている私も、できない、帰りたい、やめたい、どうしてこの学校に来たのか、そんな風に落ち込む日々もありました。

いろんなことが重なり、体調面でも悪くなった時ほど、そういう気持ちが自然と芽生えてきてしまうこともありました。

だけど、チューターさんは全ての状況を受け入れ、傾聴してくださり、家族でもないのに、お金をもらっているわけでもないのに、本当の長年の知り合いかのように私を受け入れてくださいました。

日本にいた時は、

家に帰れば、母がいる。父がいる。兄妹がいる。おじいちゃん、おばあちゃんがいる。

隣にいとこも住んでいる。

地元の友達にいつでも会える。集まれる。

そんな幸せな環境全てを置いて、ここにきたからこそ、その環境の喪失感は否めなかったです。

何かを頑張れるには、いつも必ずどこかで自分が頑張れる根本的な土台を作ってくれていた人がいたんだということに気づきました。

日本にいた時は、毎日バイト。日によっては、1日はしごして、バイトを15時間やったこともありました。

だけど、美味しい食べ物が毎日食べれて、バイトに行けば、友達がいて、週末には友達とご飯が行けたり、仲間と集まれて、、、、

そんなご褒美があるからこそ、私は踏ん張れていたんだなとすごく思います。

春夏秋冬、どんな時も従兄弟みんなで集まったり、父の方も母の方もみんな仲良いので、おじいちゃんおばあちゃん4人で集まることすら日常のように考えていました。

泣き虫の私には、必ず支えてくれる人たちがいました。

幸せをわかっていながら、感謝していたようで、まだまだ足りなかったと思えちゃうほど、恵まれた環境にいると気づけないことがあるなと反省の日々でした。

無理だよ!一人でできない奴がアメリカで生きていけるわけない!

そんな風に、絶望的だった2019年4月。

だけど、私はあの時ニートです。

あの瞬間に、もう就活はしていないわけです。

3月に専門学校は卒業し、先生に言われていたTOEICのテストも合格点を超えました。

だけど、その点数を見せた後に待っていたのは、お先真っ暗な世界でした。

何としても9月入学をしたい。

どうしても、アメリカで英語の勉強がしたい。

自立したい。周りの人と、兄妹と比べて泣き続ける日々は嫌だ。

自分で自分の世界を作りたい。

そんな思いが、全部私の行動力に変わって、一人で全部必要書類を集め、アメリカの学校と契約しました。

誰にも認めてもらえなかったし、治安がいいなんてわからない。

日本人がいるかどうかもわからない。

家もない。車もない。免許もない。十分なお金もない。

だけど、私はこの国境の街を選びました。

やっと始まる!自分の目指していた生活が始まる!

そうは思っても、怒涛のサバイバル生活が始まりました。

喜怒哀楽もありながら、たくさんの出会いに恵まれ、一人で強く生きなきゃいけないことを学びました。

今まで以上に自分と向き合う時間が増えました。

幸せなこともあれば、残酷なこともあって、心が壊れてしまったこともあったけれど、なんとか必死に毎日学校に行っていました。

チューターさんに会うことが、大好きなスタッフさんに会えることが、私の学校に行く根底にもなりました。

一人で生活するということは、一人で全てをやらなくてはいけません。

今のご時世、色々なエージェントが海外に行く若い人たちを支えています。

奨学金が使えるようなプログラムもあります。

だけど、それを使っていたら、私自身にとって過去に参加した研修とは、何も変わらないと思います。

引率してくれる人がいる。

寝るお部屋を守ってくれる人がいる。

ご飯が用意されている。

あれほど、安心できる最高の環境はないと思います。

でも、私がここに残しておきたいのは、

変わるためには、自分が今まで踏み入れたことのない世界に自分で踏み出すこと。

私のような泣き虫で、甘ったれていて、自立できない人間は、その世界が必要だったんだと思います。

第一歩の秋学期。

良い形で終われたのではないかなと思います。

一瞬、一瞬に感じた人の温かさや優しさ、思いやりというものをこれからも心に留めて、学んだことを大事にしていきたいと思います。

国境でしか出会えなかった人たち、この複雑な文化、経済事情、全てをまたいつかブログに残したいと思います。

明日からは、冬休みになり、フロリダに行った話が始まります。

約3週間分のフロリダ話もここに残せていけたらいいなと思います。

今日は、このあたりで。

最後まで読んで下さってありがとうございます。

手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。

またね。

投稿者: アメリカひとり留学

はじめまして。 私は、東京生まれ東京育ちの下町っ子です。 今はアメリカにあるアジア人1%の学校に通っています。 自分が企業や学校を使わずに、一人でアメリカの学校と契約したことや留学生活について、文字に起こしていけたらなと思ってます。 そして、今現在コロナウイルスで世界中が大混乱になっていますが、私は現在もアメリカに残ってオンライン授業を受け、隔離生活中です。 少しでも、『あ、こんな子がいるんだ。』って知ってもらい、 家族と一緒に生活している方は今の環境を幸せに思ってもらえたら嬉しいし、 私と同じく今一人で生活されてる方には、一人じゃないっていうことがほんのちょっとでも伝われば嬉しいです。 よろしくお願いします。

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