こんばんは。
みなさん、いかがお過ごしですか?
今日は、アパートメント事情について。
私は、自分でアパートメント会社と一年契約でまずは契約しています。
去年の8月にこの街に来たので、そこから一年という約束で契約しました。
なので、私は何があっても8月31日まであの場所にいれます。
そして、そのあとの契約も月単位でできるようになっているので、9月もいたい場合は8月の時点で契約を伸ばす手続きが必要になっています。
ただ、他の人はそうもいかないようで、、、(汗)
私がここで出会った友達の一人が、あるご家族の家の一部が空き家になっているので、そこを使わせてもらっているのですが、どんなに扉があったり、家が離れていたとしても、小さい子供がいてコロナに感染するのはこわいから、新しい家を探して欲しいと言われたそうです。
これを聞いた時は、契約は?って思ったけど、期限なしの契約だったからこそ、オーナーさんの申し出には断れないと言っていました。
しかもその友達は、普段スーパーで働いている人なので、余計そのご家族が心配して、その判断をしたのかもしれないなと思いました。
でも、こんなコロナの環境の中で、新しい家を探すのなんて、ほんとに無理があるでしょって思っちゃいました。
感染リスクだって上がるし、とにかく危ない。
コロナなのに追い出されて、家を失うのだけはほんとに良くないと思うから、とにかく友達の無事を祈るばかりです。
今日の一枚

今日は、この写真を。
急いでとったので、すごい画像が見えづらくてすみません。
これは、私の友達のご家族とゲームセンターに行った時、友達が頼んだパフェの写真です。
このパフェの名前は忘れてしまったけど、ほんとにすごいですよね。。。
もうなんていうか、THE アメリカって感じといいますか。。。
私はあまりに甘すぎて、もっと食べていいよ!なんて進められたけど、ちっとも手が進みませんでした。
たくさんのアイスクリームと、ブラウニー、クリーム、グミや甘いドーナツが入っていました。
日本の抹茶パフェが恋しくなっちゃって、アメリカのパフェにはなかなか慣れません。
さて、今日は、、、*
10月なかばの出会い。
今日は、10月なかばに出会った人たちのことを。
私が学校にも慣れ始め、勉強面でもなんとかついていけるようになっていた頃、Readingのクラスで一人の女の子に出会いました。
その子は、私のことをいつも気にかけてくれて、SNSを交換しようって言ってくれたり、すごく強そうだけど、レイシストでもなく、優しい女の子でした。
最初は、私と同い年かなって思ったけれど、その子はなんと私の2歳年上の人でした。
ある木曜日、突然明日どこどこに行かない?って誘ってくれて、調べてみると、そこは日本でいうRound1のような場所でした。
そして、ぜひ!と答え、当日がすっごく楽しみでした。
でも、、、、予想外のことが、、、泣
ここの街の人たちは、21時から、もしくは夜中から遊ぶことなんて普通で、日本みたいに終電なんて気にする必要もないし、家でのパーティーが普通だからこそ、それがもう日常だったのです。
私はいつも学校のある時、10時には寝て朝5時に起きて図書館に行っていたから、もうヘトヘトだったし、おふろ入る時間じゃん?とか、しんどすぎるって思っちゃいました。
こうみると、私はすごく優等生みたいな生活習慣だけど、日本にいた時はもちろん夜遅くまでバイトもしてたし、カラオケオールもしたり、学生生活をエンジョイしていました。
アメリカに来てから、ほんと人が変わったかのように成績重視で、強制帰国にだけはなりたくないと必死でした。
ここはアメリカとメキシコの国境。
治安だって日本のように良いわけではありません。
車だって持っていないし、英語での会話はほんとに辛いし、困ったなと思いながらも彼女に言われた待ち合わせ時間まで待っていました。
でも実際、彼女がピックアップしてくれたのは、予定よりも一時間遅くて、日本の友達に電話で付き合ってもらって、1時間遅れても謝罪もない、普通のこと、その文化にもう衝撃でした。
そして、ついた先では、彼女の高校の友達に会いました。
でも、やっぱり彼女はすごい派手で我が道を行く!!!みたいな強い女の子だから、男の子もすごいがっしりした体型の強そうな人でした。
日本のことすごい聞かれたけど、なんだか英語もうまく話せないし、ってぶっちゃけ緊張しっぱなしでした。
ゲームセンターでは、ボーリングや、銃撃戦(おもちゃの)などで遊びました。
その時に、後からその子も同じ彼女の高校の友達で、初めましてをしました。
きっとそこに来た女の子も男の子も、私がいることについてよく思っていたのかわからないけど、受け入れてくれただけホッとしたのを覚えています。
私の2つ歳上なだけあって、その同級生はどちらも普段学生ではなく、就職している人たちでした。
だから、一人の女の子は23時30分ぐらいに帰ってしまったけど、私たちは、隣町のレストランまで行って、夜食を食べに行きました。
その時点で、えー〜ーって思っちゃったし、もう眠いよ、お腹減ったの?みたいな感じだったのを覚えています。
私とはタイプの違う人だからこそ、うまく自分を表現できなかったけど、色々優しくしてくれて、なんだかとっても楽しかったのは事実です!
ウエイトレスの人にすごく冷たくされた時も、あれはおかしいって話してくれたし、助けてくれたのはありがたかったです!
ただしかし、、、、
私がこのアメリカ生活の中で、、
一番悲しかったこと、、、
それは、帰りの時間がもうすでに夜中の1時半を過ぎていたのにも関わらず、私にUber(タクシー)を使って、家に帰ってくれって言われたことです。
あの時は、衝撃でした。
わかっているんです。
私が車を持っていないことが原因だし、自分で帰れなんて当たり前なのはわかっているけれど、男の人も超眠そうな顔をして、そのまま帰っちゃうし、私のクラスメイトももう今日は眠いから、自分で帰れる?って言ってきて、アメリカにきて、まだ2ヶ月の私には、無理がありました。
周りの友達にも家族にも先生にも、夜は出来るだけタクシー使わないでね、送り迎えしてくれる友達と一緒にいてね、なんて言われていたからそんな話、誰にも言えなかったし、頼れる人もいませんでした。
今まで、友達がどんなに夜遅くても家まで迎えにきてくれて、送ってくれていたから、それが初めてすぎて、衝撃が強かったのもあります。
友達には、『家の送り迎えなんて当たり前だよ。』とか、『この街ではそれ日常だよ。』って教わってていたから、余計思ってしまいました。
でも運よく、その帰りに使ったドライバーさんが学生っぽくて変なことはしてこなかったし、家の前に車を止めてくれて、私が家に入るのを見る間もなく、帰ってくれたのでそれは超ラッキーでした。
その瞬間、もう友達は選ばないとダメだ。とか、この生活ずっと続けてたらやばいことになる。って心のどこかで制限をかけるようになりました。
楽しかったことに違いはないし、私が車を持っていたら、レストラン行く前に家に帰れたかもしれない。
自分でちゃんと安全に帰れたかもしれない。
そう思って、ほんとに気をつけなきゃなって自分に厳しく誓いました。
この後も彼女はすごい誘ってくれるようになって、何度か今後のブログでも登場する女の子になります。
ちなみに、これ以降は私の性格や環境を気にしてくれるようになり、彼女は遅くなる前に家に帰してくれるようになり、日本人のように深読みなんてしてくれるわけないんだから、自分で帰りたいときは帰りたいって言うべきだし、この街の夜の雰囲気にも慣れていないってちゃんと伝えることの大事さを学びました。
全員が全員、夜遅くまで遊んでいるわけではないのですが、ここの街の人たちは、夜遅くまでパーティーしたり、踊ったりする人が多いので、住んでいくたびにそれを強く感じるようになりました。
あの日がすごく怖かったのは、今でも覚えているし、衝撃的だったけど、これも良き経験だったんだって思っています。
友達選びはほんとーーーに大事です!!!!(笑)
今日は、このあたりで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い気をつけましょうね。
東京の感染者が増えているようです。
みなさん気をつけてください。私も気をつけます。
またね。