こんばんは。
みなさん、いかがおすごしですか?
今日は、私の日本の友達の誕生日でした。
日本でお祝いできたらな、なんて思うけれど、日本にいてもきっと今は直接お祝いするのが難しいと思うから、来年、または再来年、直接お祝いできる日を夢みておめでとうのメッセージを送らせてもらいました。
日本のニュースで、自分の故郷に帰る前にPCR検査を受けて陰性の結果が出てから、個人の車で帰省しようかっていう意見を聞いて、そういうのが日本にしっかりあるっていいなって思いました。
アメリカでは、ウイルスが本物ではないと思っている人たちもいまだに居るし、遊びまくっている人もいれば、海に行って思いっきり夏を楽しんでいる人もいます。
アメリカでも、出来るだけレストランを注文するときは、ドライブスルー(お持ち帰り)を利用して、不要不急な外出は避けるべきだなと思いました。
たしかに経済を回すことは大事だし、日本で言えば電車に乗ることも今はとても関わっている問題なのかもしれません。
だけど、アメリカの場合、家にあるプールで大多数の人数で開かれるパーティーを開いていたりするので、経済を動かすとかそういうのよりも本当に欲で遊びたくて楽しみたいの方が勝っているような気がします。
今日の一枚

今日は、アメリカにあるマクドナルドの写真を!
全部の場所でとは言いませんが、ほとんどのマクドナルドのお店でこの写真のようにアメリカの国旗が立てられています。
これを見たときは、アメリカに来たんだっていう感覚が増して、日本にあるのと同じマクドナルドであるはずなのに新鮮でした。
以前のブログでも話させていただいた通り、日本のマクドナルドとは違って、私の街では飲み物が店内で飲食する場合のみ飲み放題になっています。
これがすごいお得であるなと思うのと同時に、体には絶対良くないなって思っちゃいました(笑)
友達に連れて行ってもらったときに、私が日本にいたときの流れで
ああ、マックだ!
と、大きな声で言ってしまって、彼らは『マック』なんて言わないし、『マクドナルド』でないと通じないから、あのときは、やっちまった、、という恥ずかしさでいっぱいでした。
でも運良く、一人の友達がマックってなに?って聞いてくれたおかげで、その場が和み、その時の友達には感謝しています(恥)
さて、今日は、、、*
2ヶ月目の最初の挫折。
昨日、友達の誕生日会に初めて呼ばれた日のことを話させていただきました。
そして、その次の日いつも通り授業に出席して、普通の一日になるはずでした。
昼食を食べ終わったあと、
2つ目のクラスで、先生と一対一で会話をするタイミングがありました。
いつもはその先生とあまり深く話す機会がなかったんですけど、アメリカの学校ではQuizというのが週に一回、もしくは2週間に一回どのクラスでもあるんですけど、そのテストの成績について話しました。
ただ、思いのほか私の成績がよくないんだ、勉強してもそれがなかなか結果に繋がらないんだ。
と私が軽い気持ちで相談させていただいたときに、先生がわざわざ私のテスト結果を一緒におさらいしてくれて、そのときに沢山の現実を味合わされました。
昨日まで誕生日会にも参加できて、一緒にお祝いできて、本当に楽しかったはずなのに、
そうだ、私、みんなと違うんだ、留学生だった。
と、はっとさせられました。
なんでそう思ったかというと、先生と答え合わせをしていくうちに、私の常識だと思ってたもの、私が知識として保持していた考え方は、この場所では通用しないということ。
そして、私自身がここでの常識をわかっていなかったということ。
アメリカでは、これを幼いときに習わされるんだけど、あなたは日本で生まれ育っているのだから仕方ないわ
って言われてしまって、それは私に優しい言葉をかけてくださっただけなはずなのに、あの時の私は、心がもう爆発しそうになっていて、その勢いと同時に、普段一緒にいてくれる人のおかげで何も感じていないようになっていたけど、実際は私は日本人で、私の知らないことが山ほどあって、これは努力でどうこうできるレベルじゃないくらい、根本的な違いを痛感させられました。
そんだけ友達が私を楽しくさせてくれていたのも、ほかの授業でテストの成績がよかったのも、学校生活自体全てが上手く行き過ぎ始めてた頃だったから仕方なかったのかもしれません。
でもそれにしても、なんだかすごく溜まっていたようで、先生の前で一気に涙が止まらなくなってしまいました。
母の温もりに似ていたからだったのか、先生の優しさを久しぶりに感じたからなのか、不思議と素の自分になっていた気がします。
そして、先生は、心から楽しめていないんじゃないか、Collegeでの友達作りは本当に大変だからねって声をかけてくださって、私に学校の委員会に参加することを進めてくださいました。
それに参加したら、志高い人と一緒になれるかも!とか、友達の輪をつくりやすいかも!とか、色々アドバイスくださいました。
その授業では、学期末までにボランティアの取り組みが宿題として出ていて、初めて友達になれたクラスメイトだった子はもう学校をやめちゃったし、車もないし、どうボランティアに参加しようか悩んでいた時でした。
だからこそ、どう頑張ろうか知らぬ間に背負っていたものがあったのかもしれません。
しかも、この日の前日には大人数での誕生日会に参加して、会話にもついていけないままいろんなものを感じて帰った日の次の日だったから、楽しい!という気持ちが大きのは嘘じゃないけれど、パンクしてしまったんですねきっと。
あの日の先生と話した時間は、私にとってすごく大切なものになりました。
学期が終わった後、私はその時のお礼も含めて手紙を書きました。
なんていったって、あの日の涙以降、先生は私のことすごい気にかけてくれたから。
冬休みの間、先生がお返しのお手紙を書いてくださったりして、私がオンライン授業に葛藤していた数ヶ月前もその先生から連絡があったりしました。
テストの準備をしていたら、あなたの顔が思い浮かんだのよ。
ってわざわざ連絡くださり、元気にしてる?と優しい言葉をたくさんかけてくださいました。
この夏もよかったら、一緒に会わないかって声をかけてくださって、5月半ばだったと思うんですけど、そのメッセージをいただいた時は幸せでした。
先生からのお誘いなんて、すごく嬉しかったし、アメリカでは日本の先生とは違って、関係性がとても近くなれます。
先生の車に普通に乗ることもあるし、先生のご家族のイベントに参加させていただくこともあります。
”距離がより近い関係になれるって嬉しいな”とは思っていたんですけど、コロナのこともあり、今年はその先生と会えずにいます。
でも、いつかまたその先生に会って、私が卒業するときもしっかりお礼が言えたらいいなと思いました。
先生の言葉のおかげで、優しさのおかげで、自分が頑張り過ぎてたこと、張り切り過ぎていたことに気づくなんてとても恥ずかしいけど、あの日をきっかけに、努力していないつもりでも、頑張りすぎるとどっかでつまずいたり、苦しくなったりするんだって思い知らされ気をつけるようになりました。
一人だからこそ、知らない人の前で泣くわけにはいきません。
道の真ん中で泣くわけにもいかないし、一人留学で泣いて解決することなんてそうそうありません。
でも、振り返るとこうやっていろんな場所で、助けてくださったり、いろんな私に気づかせてくださる機会を与えてくださったから、一人でも頑張れる力が身についたんだなと思いました。
最近もおばあちゃんに、本当に変わったよ。ってすごい言われるようになって、
変わることって、そう簡単じゃない。お金でできることじゃないんだよ。
って言われたときに、すごく大事なことだなと思いました。
受験が成功したり、就活に成功したり、そういう術を学ぶのに塾だったり、セミナーだったり、お金を払うことはあるのかもしれないけれど、それを成し遂げようと思える気持ちだったり、目標っていうのは自分の中でしか見つけられないし、お金があればなんでも手に入るなんて大間違いだなと思いました。
家族がそばにいてくれるのが当たり前。
友達にすぐ会えるのが当たり前。
電車にすぐ乗ってどこでも行けるのが当たり前。
お客様サポート使えば、助けてくれる。教えてくれるのが当たり前。
美味しい料理を作ってくれる人がいたこと。
助けてくれる存在がずっといたこと。
愛してくれる人がそばにいたこと。
こういうような生活を送っていた私には、日本にいたら本当に気づけなかっただろうし、変われなかったことがいっぱいあったなって思いました。
人の目が気になったり、写真で作られたキラキラしている大学生活や人生が憧れだった部分もあったけど、今ではそんなのが目に入らないほど、この人生に夢中になって生きれているから、何かを本気で求めることって自分までもを変えてしまうんだなって思いました。
家族のために動いたり、考えたり、思いやれる自分に今まで以上になれたこと、それを一番に気づいてくれたおばあちゃんにも感謝しています。
話が最後それてしまいましたが、一人留学には寂しさも涙もたくさんあるけれど、人の優しさあっての涙だということを忘れずにいたいなと思います。
いつかの”喜び”の感情が倍になる瞬間まで、”辛い”っていう気持ちも大切にしたいなって思っています。
今日は、このあたりで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。
またね。