アメリカとメキシコの国境(43)

こんばんは。

みなさん、いかがお過ごしですか?

今日は、父とたくさん話す1日でした。

もうパパがどうこうアドバイスを言える状況じゃなくなっちゃったな。

父は、私にそういって二人して『すごい世界になってしまったね。』と話しました。

今までは、長い間、父とは口を開けばケンカでした。

思春期の頃は特に、何度大声で父に意見をぶつけたのかわかりません。

今とは想像もつかないほど、父とはぶつかってばかりでした。

不思議ですね、一人で離れて、しかも東京からアメリカの超ど田舎に生活を変えると、冷静になれるのかな?なんて思ったりしています。

今は、尊敬と感謝しかないです。

1日でも早くやり遂げて、成長して、アメリカの卒業写真を見せたいと思っています。

今日の一枚

今日の写真は、数日前のブログで話させていただいた学校での無料イベントの一つです。

このケーキは、なんと私のキャンパスの調理学科の生徒たちが作ったものなんです!!

各々決まったテーマの中で一品つくっていて、大きなお部屋に各ブースがわかれていました。

これがほんとに甘い!!!!(笑)

でも、美味しくて、それがやみつきになってしまうんでしょうね。

もう一個食べたい!なんて思ったのが正直なところです。

でも、無料で私たち生徒に食べさせてくれていたので、もちろん一人一個となっています。

こうやって、他の生徒の頑張りを目にできるなんて素敵ですよね!!

日本では、文化祭でしか目にできないことも、アメリカの学校では、こうやって頻繁に他の人の成果に触れる機会が多いので参加した私たちも『もっと頑張らなきゃ』と感化されます。

よく聞くと思うのですが、アメリカの大学はもうとにかくダンスダンスダンス!!毎週パーティー!!!それも確かに事実ではあるのですが、そっちの楽しさにもっていかれて、単位失って強制帰国にならないように、私は学校でのイベントに出来るだけ参加するようにしていました。


さて、今日は、、、*

私の住んでいる街

今日は、私の住んでいる場所について話したいと思います。

今までは、超ど田舎であること、私の街には多様性がないことを過去のブログでお話しさせていただきました。

私の住んでいる街は、もうまさにMAPで見ればほぼメキシコ、大きくしてみれば、30分でメキシコ国境に行けるような場所です。

みなさんは、どこかの国境近くで生活することや、その街を想像したことがありますか?

私自身は、生まれてから一回もありませんでした。

何より、私は国境近くの雰囲気、文化、こんなにも世界が違うことを知りました。

極端かもしれませんが、私の街は、、、、

アメリカなのに、アメリカではないのです。

メキシコだ! でも、メキシコでもないのです。

何がそうさせるかというと、

まず、私の街はアメリカだけれど、第二の国境というものがあります。

そのため、ある部分の街を出ると、そこから先に行くのになぜかVISAのチェックがあります。

なんでかというと、不法滞在、不法移民がいる街だからです。

とても言い方が悪いかもしれませんが、実際はそのような世界があるのです!!

このブログでなんでそこに住んでいることを話そうかと思ったかというと、読んでくださる方に、より私の留学が人とは違うこと、アジア人1%の学校に通っている事実が伝わると思ったからです。

もうどこから言葉にして良いのかわからないほど、私の街はとても特殊です。

アメリカなのに、アメリカの会社と契約しているはずなのに、電話先のコンピューターのボイスが英語ではなく、スペイン語のこともあります。

スーパーで困っているときに、お客さんに聞いたりすると、スペイン語しか話せないから英語では返答がもらえないこともあります。

時には、タクシーの運転手さんも英語が話せなかったりします。

この街は、すごく深い歴史があるのです。

そして、メキシコという危険な街から親がアメリカに来て、ここで生まれた子供達がたくさんいます。

彼らの両親の中には、メキシコから海を泳いで、アメリカにたどり着いた人たちもいます。

私の街では聞こえないのですが、もう少し先を行くと、そういう不法移民を防ぐために銃声が聞こえたりもするそうです。

国境を毎回超えて、メキシコからアメリカの私のCollegeに通っている生徒もいます。

もしくは、メキシコは危ないからぜっっっっったいに行くなと言われながら育った子もいます。

金のブレスレットをつけていれば、その腕から先はちょん切られる!

もしくは、女の人には権利はなく、レイプがひどい状態で起きているということ。

聞けば聞くほど、すごいんです!!

でも、メキシコにも安全な場所はあったり、観光地として有名な場所もあるので、一概に全てのことをいっているわけではないのですが、

これがアメリカなんだ!!!!と

先入観で物事を語っていた私は、過去の自分を恥じました。

フロリダに行った時には、当たり前ですが、最高のアメリカンライフを経験させてもらえました。

引率の先生方もいて、完璧に用意されたプランのもと、先生が長年築き上げたホストファミリーもいます。

そんな中で見たアメリカで、アメリカを知った気になったわけではなかったのですが、アメリカという国がどういう国なのか本気でわかっていませんでした。

アメリカは、多様性であり、多国籍、多人種、多宗教、多文化であり、いろんなものが共生して成り立っています。

各州によって、文化やルール、共通認識、使われる言語、全て違うのです。

それは知っていたつもりでも、こんな街があったなんて全く知りませんでした。

というより、学校に契約した時には気づかなかったし、住むまでは想像もつかなかったのです。

ほとんどの子が、ここで生まれ育っているけど、彼らはみんなバイリンガルなのです。

食べるものだって、確かにアメリカンではありますが、メキシコ文化のお店が多くあります。

タコスがアメリカでの作り方とは全然違います!本場なのです!

朝起きれば、メキシコ民謡でみんなダンスをしています。

大きな音で、近所まで響き渡るけど、そんなの無関係!ってくらいみんなで踊っています。

スーパーに置いてある商品だって、メキシコ系です!(もちろん、アメリカのものもあります。)

アメリカとメキシコが共生しているような街に私は住んでいるんだって、たとえ日本の友達に話してもあまり想像がつきにくいから具体的には理解はしてもらえません。

でも、いろんなバックグラウンドがあって、今の生活をしているアメリカで出会った私の友達、そのご家族に出会えたことは何よりの財産です。

英語を学ぶには一番の環境ではないかもしれない。

だからこそ、そこには留学生が来ない。

でも、言ってしまえばスペイン語に触れる機会もあって、一石二鳥というより、もう経験がとんでもなく騒がしいってくらいです。(笑)

アメリカの大都市のようにサポートやビジネスが発達しているわけではありませんが、一人でサバイバル留学をする私にはちょうどいいのです!!

そんな環境が家族に友達に21年間囲まれて甘え続けてた私を変えるきっかけになってくれたので。

でももちろん、カリフォルニア州や、ニューヨーク州、フロリダ州、ヴァージニア州、その他からも幼い時にこの街にきた生徒や先生もいます。

明日から数日間は、私の街について、もっとイメージがつきやすいように言葉にさせていただきたいと思います。

今日はこのあたりで。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

手洗い、うがいをお互い大切にしましょうね。

またね。

投稿者: アメリカひとり留学

はじめまして。 私は、東京生まれ東京育ちの下町っ子です。 今はアメリカにあるアジア人1%の学校に通っています。 自分が企業や学校を使わずに、一人でアメリカの学校と契約したことや留学生活について、文字に起こしていけたらなと思ってます。 そして、今現在コロナウイルスで世界中が大混乱になっていますが、私は現在もアメリカに残ってオンライン授業を受け、隔離生活中です。 少しでも、『あ、こんな子がいるんだ。』って知ってもらい、 家族と一緒に生活している方は今の環境を幸せに思ってもらえたら嬉しいし、 私と同じく今一人で生活されてる方には、一人じゃないっていうことがほんのちょっとでも伝われば嬉しいです。 よろしくお願いします。

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