さて、今日は、、、*
留学準備
みなさんは、留学となるとどんなことを想像しますか?
まずは、学校を決めて、、、というところから始まるかと思います。
残念ながら私は、4月の時点で入学締め切りされてる、もしくはする学校がほとんどだったので、選択肢はとても少なかったです。
9月入学をまだ受け入れている学校学費が安いところ自分の学びたい学部があるところ学校の雰囲気、施設街並みの様子
こんなところに気をつけながら見つけたのが、今の学校でした。
留学生にとって大事であるはずが、私が持っていないもの。
- 寮
- 留学生に対するサポート
- 留学生の多さ(これは、学校の受け入れ方や留学生の扱いに関わります)
- 問題が起きた時に対応してくれる日本からのサポート(責任者のような存在)
- 車の免許などを含む交通機関
これらがないことで起こる様々な問題を、全くあの頃の私は予想することさえできませんでした。
ただ行きたい、見返したい、諦めたくない、もう後戻りはできないんだ、
そんなふうに勝手に自分を追い込み、ひたすら突っ走って、泣きながらも自分を奮い立たせることに必死でいました。
4月にいろんな留学相談所に行ったのですが、留学となると一番におすすめされるのがまずはESL(English as a second language)で半年間英語の勉強をさせるために入学を進める企業がたくさんあります。
簡単にいうと英語が第二言語の人たち向けの語学学校のような場所です。
ESLのコースが完了した後、それからCollege、あるいはUniversityへの入学と進んで行きます。
ただあの時の私には、ESLに行くほどのお金もなければ、専門学校に2年間通ってた身なのでそんな贅沢な道に進んではいけないという思いがありました。
どこの留学企業に足を運んでも語学学校とセットのCollegeへの入学を進められたり、そこの企業で実施されている英語教室に留学するまでの期間、英語の授業を受けられるシステムだったり、やはりお金が膨らむように企業はうまく作られていて、、、、
どれだけ資料を集めても、足を運んでも、両親を納得させることはできませんでした。
前回のブログに書いたように、私には先生と両親からの反対で、目標の点数をとった後も諦めざるを得ない状況が続きました。
そこで決めたのが、1人で全部やろう、やってしまえばいいんだ。
ただ、そこには私の大切な人からの手助けがありました。
その人は、同じ専門学校に通っていた友達で、私が唯一全ての事情を話せる相手でした。
「夢が叶わなかったと思い続ける大人になってほしくない。」
その人はそう私に言って、沢山の選択肢がある中で卒業後、すぐに留学することの後押しをしてくれました。
4月の後半に、1人でやろう(友達の力を借りながら)と決めて、5月の第二週目にTOEFLの試験を受ける決意をします。その時に私は、学校を調べながら同時にテスト勉強も始めました。
あの時を思い出すと、4月はとてつもなく辛かったです。
毎日泣いていた気がします。
親友や地元、バイト仲間、周りの人たちが、私が留学する予定のため、就活を一年前にしていなかったことは知っていて、みんなからの励ましの言葉がたくさんくる一方で逆の現実が自分には突きつけられていたので、苦しい環境ではありました。
ましてや現代は、留学といえば多くの選択肢があります。
とても便利な時代です。
高校や専門学校で参加したホームステイ含む研修経験を思い出せば、より私はいつの時代の留学をしようとしているのかと悩むほどでした。
そんな留学期間をのちに友達から
原始人留学
と名付けられてしまうほどでした。
過去3回のブログを読んでくださった方には、おわかりいただけるかと思いますが、
私は、本当に泣き虫で、でもとてつもなく負けず嫌いなのかもしれません。
負けず嫌いといっても、誰かライバルがいるわけではありません。
兄妹に勝ちたい、そんなことは全く思わないし、彼らのことは尊敬してるけど、
彼らは彼らで違う世界で頑張っているので、、。
今思えば、きっと、私自身が私に負けたくなかったんだなって思います。
弱い自分を一番知っているから、どうしても超えてみたかったんだなと。
それが今、
コロナウイルスで家での生活が続き、やっと振り返れるに時期になって感じることです。
今日は、このあたりで。
読んでくださってありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い大切にしましょう。
またね。