さて、今日は、、、*
英語の始まり。
私の中学時代、成績に関してはそこまで悪くなければ良くもない、いわゆる標準的な生徒でした。
放課後は部活動の練習で、週末も練習試合の多かった学生生活だったと思います。
勉強に関しては、テスト前に集中的に勉強してというだけで、全く受験に対して準備はできていませんでした。
高校に進むには受験が待っているということ、英語が苦手でそれでも英語が試験科目にあるという現実をより感じるようになった頃。
塾に行く決意をしたのですが、やっぱり塾に行けば良いといううまい話なんてあるわけなくて、私の英語の成績は上がることもなければ、苦手科目のままでした。
そんな時、父が私にある一つの提案をしてくれました。
父の高校時代の友達が英語の先生をやっているから、両親と一緒に会いに行かないかという話でした。その時は、私の中で『まあ会ってみようかな。』という軽い気持ちでいました。
そして、初めて先生に出会い、それがあのブログ一日目に書いた、そうあの先生、、、、
『一人でできないやつがアメリカで生きていけるわけないんだよ。』
7年後の私に、アメリカにひとりで行くという決断をさせてしまうほどのこわいこわい鬼教師さんとの出会いでした。
最初は、先生の家にお邪魔させてもらい、週一回のペースで英語の授業を受けていました。
アメリカ留学の経験がある先生は、授業の間で私に学生時代の話をし、あの時の先生の話の内容は全て覚えているわけではないですが、私の中でアメリカという行ったこともない、未知の世界のいわゆる新しい分野のものに興味が生まれる瞬間でした。
それから私は、通っていた塾をやめ、先生との授業だけにして、英語に力を入れ受験勉強に励むのです。
半年以上経った夏、私は先生のマンションで行われるパーティーに妹と一緒に参加させていただきました。
そこには、先生の学校で行われる専門学校の研修に参加したOBやOGの方々がたくさんいました。
研修先でお世話になっているアメリカ人の方々もはるばるアメリカから日本に来ていました。
周りの方々は、みんなかっこよく英語で会話をしている中、わたしと妹は『Yes』しか言えない状況でした。
今思えば、本当にひどい状況だったと思います、、、。
そうはいっても、みなさん本当に優しく接してくださって、言語以上に笑顔の溢れる場所でそこでの雰囲気を楽しみ、写真を撮ったり、とてつもなく有意義な時間を過ごさせてもらいました。
私も妹も全然英語が話せなかったため、会話なんて、言ってしまえば、言葉のコミュニケーションそのものが全くできずにいたのです。
それにも関わらず、そこで出会ったご夫婦にとてつもなく愛を感じ、私たちが帰宅する際には、その奥さんがマンションの玄関までお見送りしてくださって、しかも涙を流してくださったのを今でも覚えています。
その瞬間、私も妹もぽろぽろと涙を流し、お別れをするのでした。
あの日が全ての始まりでした。
私はできることなら勉強したくないし、勉強というより、友達と話したい、旅行に行きたい、そんなことばっかり考えているタイプの人間です。
ただしかし、勉強への努力をおろそかにする私の欠点すらをもおさえて、
今日のこの私に、そして今に、繋げてくれたあの瞬間にとても感謝しています。
きっとあの日、私は今まで感じたことのないもの、日本人を相手にした時とはどこか違う抱いたことのない初めての感情を知ったんだと思います。
その日をきっかけに私は、全くできない英語を集中的に勉強しようと決意し、公立の英語に特化した高校への受験を決意するのでした。
だからと言って、突然めちゃくちゃ勉強したい!なんて変われたわけではありません。本音をいってしまえば、アメリカの学校に在籍していますが、今の私は100%文法だったり、英語がペラペラ出てくるわけでもありません。大学には行かず、専門学校に行ったけど、やっぱり会話力は自分で鍛えるのみです。
(しっかり受験をされている方々の方が英語の基礎はあるのかもしれないです、、。)
泣き虫で、勉強の苦手だった私が、7年後に1人でアメリカに飛んでしまうこと。
今思えば、本当に恐ろしいです。
超ど田舎のアジア人1%の街での留学。
皆さんも想像つくかもしれませんが、寮なんてありません。
留学サポートなんて全くありません。
なぜなら留学生は本当に少ないし、何よりローカルな小さいCollegeのため、ほとんどの人が留学で求める環境に当てはまらないことばかりです。
それでも頑張って今生活しようと持ち堪えられているのも、その最初の原点をつくってくれたのも、あのアメリカ人夫婦にあるのだと思います。
今日はこのあたりで。
より近く感じてもらえますように。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
手洗い、うがいをお互い大切にしましょう。
またね。